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白金法学会2017.05.15

タイ王国スタデイーツアー2017参加報告

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「タイ王国・スタディツアー2017」が平成29年3月13日(月)~ 21日(火) に実施されました。

 このプログラムは、タイで行われる青少年健全育成プロジェクト「For Hopeful Children Project(FHCP) 2017」に参加し、ボランティア・スタッフとして現地実行委員と協働するスタディツアーです。
 FHCPでは、タイの孤児や障がいを持っている等の理由で社会的に恵まれない状況にある子供たちを「希望あふれる子供たち(Hopeful Children)」と呼び、普段は施設等で生活する子供たちに海軍の協力の下、数日間にわたり、ワークショップや海水浴体験等の機会を提供するもので、このプロジェクトへの参加を通じて、自分たちを思う人の存在に気づき、自信をもって育ち、競争社会においてしっかりと成長するきっかけとなることをねらいとしています。今回は、7名の学生をこのプログラムに派遣いたしました。学生たちの「タイ王国スタディーツアー2017」の参加報告を掲載いたします。

 

【タイ王国スタディーツアー2017 振り返り】                   飯田 悠斗

・ムーンバーンデック
 初の海外ボランティアで不安もあり、最初もコミュニケーションが上手く取ることができず、苦戦した。彼らと遊び等を通して意思疎通を行うことができた瞬間、彼らとの壁がなくなったと感じることができた。その関係が更に強くなったと感じることができたのは2日目の夜に行ったレクリエーションだ。子供たちの出し物や自分たちの出し物を見せ合う場であった。子供たちが出し物として踊りを披露した時に、自分の手を取り一緒に踊るように促されて一緒に踊ることができた。ムーンバーンデックの施設見学を見たとき、広大な自家農園、養鶏場、浄水場、再生紙を製造する施設等、子供たちが当番で作業をしてほぼ完ぺきな自給自足生活を行っていることに感心をした。更に驚いたのは国家からの支援などではなく全てが募金だけで運営していることだ。次に見学したのは週一回ある「生徒議会」である。これはムーンバーンデックでのルールや決まり事を皆で決める場であり、議会で発言、取り仕切るのも全て子供たちで行う。自らが考えて、自立する教育も行っていることに感銘を受けた。ムーンバーンデックでは、初めての接する子供たちとのコミュニケーションのやり方や、子供たちに対する素晴らしい教育システム等を学ぶことができた。
iida1ムーンバーンデックの自家農園
・タマヌラック
 ムーンバーンデックに滞在中に別の児童施設を訪れる機会をもらえた。この施設は仏教の寺院が運営しており、児童の中には自ら希望して出家した幼い僧や尼もいる施設である。タイでは自らの意思で決めて僧になるため強い意志と信念が必要である。彼らと遊んでみて感じたことはとても聡明であることだ。自分より幼い子が遊ぶものがなくて退屈そうにしていると、自分が持っているおもちゃをその子にあげている場面をみた。とても素晴らしい光景であったが、ここタマヌラックでは当たり前のようだ。彼らから、分け与える大切さを学ぶことができた。
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・FORDEC
 次に向かったのが、バンコク市内にあるFORDECだ。ここは幼稚園であり、付近の幼児たちが通う場所である。自分たちが踊りを披露している時に子供たちが楽しむだけではなく、その施設の職員の方々も楽しく踊っている姿をみることができた。子供たちが楽しむだけではなく、職員も楽しむことも大切であると知ることができた。子供たちと遊ぶ時に折り紙で楽しく遊んだ記憶が今でも鮮明に覚えている。自分たちが来たことで手厚く対応してもらえた。中でも、子供たちから美しい色の絵が描かれているカードがとても嬉しかった。
 その次にFORDECの近くにあるスラム街を見学することになった。ゴミが散乱している原っぱにいくつかの小屋があった。その光景だけでも虚しく感じたが、一つブロックが違うと、高級住宅街が広がっており貧富の格差が激しい現実を知ることができた。バンコクは有数の経済発展都市であるがこのようなスラム街がまだある事実を知ることができた。更に悲しいことにスラムがある土地の所有者が高級住宅街を建てるためにそこに住んでいる人たちに追い出しをしていると聞かされた。彼らが今後どこに行かなければならないのか不安であった。
・FHCP
 最後に向かったのがアジア諸国のボランティアとタイの子供たちと一緒にタイ王国海軍の基地において行うイベントである。ここからは海外のボランティアスタッフと一緒にボランティアをすることになり、慣れないながら英語で会話をすることに心がけた。海軍基地という生涯において入る機会あまりないため、大変貴重な体験ができた。中でも海軍の使用する戦闘艦に体験で乗せてもらうことができたのは印象に残っている。様々な地域から子供たちが来た。自分は盲学校の子供たちを担当することになった。彼らが懸命に生きる姿に目元が大変熱くなった。また、海軍の計らいにより、多くの出店がでて、子供たちに美味しい料理が振る舞われた。自分たちがその前に出会っていたムーンバーンデックやタマヌラック、FORDECの子供たちもやってきた。しかし、全員が来ることはできないため会えなかった子供たちがいたのが残念だった。このプロジェクトはとても人気があるため全員がいけるものではないことを知り複雑に感じた。盲学校の子供たちと一緒にご飯を食べ、会話をした時間はとても有意義だった。最後の夜の日、様々な団体がダンスや歌を披露することになった。この日のために自分たちを含めて様々な出し物を披露した。自分たちのソーラン節を踊るときに子供たちと一緒に踊り、みんなが一つになった瞬間がとてもいい思い出になった。FHCPでは自分たちがボランティアをしに行ったが、子供たちからも素晴らしいものいただいたと思う。
iida3海軍基地のビーチからみた夕日iida4
・最後に
 今回初めての海外ボランティアで慣れずに戸惑った部分もあったが、他のメンバーの助けもあって今回のボランティアが成功できたと思う。子どもたちの笑顔や、様々な国の人々と交流ができて、とても貴重な体験ができた。来年も行けるならば、ぜひ行きたいと思う。

【タイ王国スタディーツアー】                          寺川 幸乃

 今回私にとってこのスタディーツアーは初めての海外ボランティアでした。まず初めてムーバーンデックに着いたとき、近寄ってきた子供たちとどう接すればいいのか正直わかりませんでした。孤児院に行くまでは、親がいなくてかわいそうな子どもたちと少し思っていたところがありますが、実際子供と触れ合うと幸せって何だろうと考えさせられました。
 日本と発展途上の国では幸せの水準が違うけど、裕福だから幸せなのではないと思いました。私たち日々、昨日よりおいしいご飯を食べて今日よりいい服を着ることが幸せだと思っているけど本当の幸せをわかっていないのは私たちの方だと思いました。
 タンマヌラックでは、大きい子が小さい子のお世話をちゃんと見てあげたり、助け合いの精神を目の当たりにしました。また、施設を案内してくれたり、この子たちは自分の生活のことをちゃんとわかっているのだと感心しました。わたしが子供のころは自分の生活を誰かに紹介したりできなかったと思います。
 FHCPでは障害者の人たちのグループを担当しました。障害者と言っても色んな人がいて、目が見えなかったり耳が聞こえなかったり。
 みんないろんなところから来てくれて、それだけFHCPは大きなイベントなのだと責任感を感じました。障害者の方の付き添いの方とも関わる機会があったけど、すごくすごく私たちに感謝してくれていました。その時に、困っている人やたまたま体が不自由に生まれてきた人に対して私たちは全力でサポートしてあげないといけないと感じました、自分の生活や自分の健康だけでなく自分のエネルギーをその人たちに費やすという使命が私たちにはあるのだと強く感じました。そうして人と人が繋がるように世界はできているのだと。
 言語の壁については、初めの1日はすごく悩んだし自分のできなさに落ち込みました。
 だけど、それでも子供たちはまっすぐ私のところに駆け寄ってきてくれたり、つたない英語でお手紙を書いてくれたり。少しは壁もあるけどみんな同じ人間なのだ!言葉がなくても通じ合えると感じました。
 しかし、次に海外ボランティアをするときにはその国の言語をもう少し勉強していこうと思いました。

全体を通して感じたこと。
 素朴な考えだけど、どうして貧富の差が出るのだろうということ。わたしたちのボランティアの最終的なゴールはどこにあるのだろうということです。
 一人では小さなサポートしかできないかもしれないけど、たくさんの人に力があれば大きなイベントだって、事業だって起こせるのです。
 小さな行動から、たくさんの人をサポートできるようなボランティア活動を今後していきたいと思いました。
 また、わたしはこれから1年休学して海外でボランティアをする予定ですが今回のタイ王国スタディーツアーに参加してみて、新たな課題や目標を考えさせられました。
 ボランティアとは言っても、所詮自己満足でしかないときもあると思いました。
 自分がいかに無謀で、無知で、無力なのかを痛感しました。 しかし、それらを感じられるということだけでもボランティアとは大いに意味のあることなのではないのでしょうか? もしこれからあなたが社会的弱者のために何かできることをしたいと思ったのなら、うわべだけの感想で満足することなく、本気で相手を知ろうとする努力が必要だと思います。(いえ、社会的弱者に限定せずこの事実はどんな場面でも必要なことだと思いますが。)
 好きな時間に訪問して、好きなことだけして、好きな人間だけどつるんで、「あぁ自分はいいことしたな」と思うボランティア活動で一体何が得られるのですか? 彼らと同じ目線で彼らと触れ合うということができる覚悟がない限り、その人のボランティア活動は功をなさないと私は思います。
 ボランティアをすれば喜んでくれるはず、という思い込みは相手にとって迷惑になる場合もあります。ボランティアを趣味として考える人、人生をかけている人、居場所を求めている人、人間の価値観も様々なように、ボランティア活動をしている人の考えも様々です。それぞれの価値を否定することや、自分の考えを無理に押し付けず、尊重することが大切です。ボランティアをする場合は、いったん引き受けた活動は最後までやり遂げ、他のメンバーに迷惑をかけたり自分の行動・言動には責任を持つことが大切です。そしてボランティア活動は仲間と共に協力しながら和気あいあいと楽しんでやるのが一番大切だと思いました。

【タイ王国スタディーツアー報告書】                        橋本 健太

はじめに
 このツアーを知ったきっかけは友人のすすめでした。就職活動が本格化する3月中旬に日本を離れタイでボランティアなんてやっている時間も余裕もありません。当初は断ろうと考えていました。しかし、友人の「タイでボランティアする機会なんて一生に一度ぐらいだぞ、こういうチャンスを大事にしたほうがいいんじゃないか。」とこの一言で、自分の考えは180°変わり、「タイへ何かつかんでこよう」、「一生の思い出をつくろう」、「行くからには全力で楽しんで、子供たちを楽しませよう」と決意が固まり、当ツアーへの参加を決めました。
 タイスタディーツアーの1週間は驚きの連続でした。            
○Day1~Day3 ムーバーンデック
   タイの知識は自分にはまったく無く、ムーバーンデックについて最初に感じたことは「日本の生活は恵まれすぎている」ということです。酷暑の中緑色の深く流れの速い川で遊ぶ子供、水のシャワー、すべてが自給自足の生活は自分には衝撃です。いかに日本の生活は恵まれているものかというように感じました。
 しかし、そんな環境の中で育つ子供は日本のどんな子供よりも明るい笑顔で、人見知りはまったくせず、生き生きと遊んでいます。
 そこで感じたことは、幸せは人それぞれだけど、日本の子供のようにTVゲームで育つ子供より、タイの大自然でのびのび成長していく子供のほうが「子供」が生活するうえで「幸せ」で「恵まれた」環境なのではないかとムーバーンデックを出る頃に感じました。
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○Day2 タンマヌラック
 この施設は出家して僧侶となった子供達が生活しています。
 この施設での最初の驚きは僧侶の覚悟と子供の年齢です。男の子も女の子も頭を剃り、異性との接触を禁じ食事の制限等の制約を伴う出家は相当の覚悟が要ることであると伺いました。21歳の自分ですらおそらくそんな覚悟はありません。しかしタンマヌラックの子供は最年少で3歳の子共がその覚悟を受け入れ僧侶の道を歩むことを決めているのです。
 子の施設も環境は良くありません、しかし、ここの子供達もキラキラした笑顔で自分たちと遊ぶことを楽しんでくれます。
○Day3 FORDEC
  この施設は日本の保育園や幼稚園のような場所で、ムーバーンデックやタンマヌラックよりもずっときれいでした。回りも閑静な住宅街でとても環境のよいところであると感じました。しかし、近くのスラムを見学させてもらったときにその感想は完全になくなりました。廃材を組み立て何と家の形をしている建物、瓦礫の中から売れるものを探して生活する家族の姿を見てなんともいえない気持ちが自分の中で膨らみました。
○Day4~7 FHCP2017
 タイ海軍、アジア各国のスタッフと共同で行う子の祭典は、自分に言葉の壁を突きつけました。運営チームが振り分けられてスタッフのみんなと交流を取ろうとしても私は英語もタイ語も話せないため大きな壁を感じました。この祭典ではムーバーンデック、タンマヌラック、FORDEC、の子供達も参加するため、再会にお互いテンションがあがったことを良く覚えています。
 自分は孤児院三箇所を訪問し終わったあとに自分たちをもてなしてくれた子供達への最大の恩返しを態度で表そうと考え、FHCPでは全力で子供達と遊ぶことを決意し、FHCPの三日間は子供と汗だくになりながら遊び、笑い会い、悔いの無いくらい遊びつくすことに専念しました。その結果、閉会式が終わり、子供達が自分の施設に帰るときに何度も「ハシケン!!」と自分のニックネームを呼ばれ、涙をこらえるのが大変でした。しかし、FHCPが終わりバンコクへ帰る途中のバスでは耐えられず、「帰りたくない」ともらしながらタイスタディーツアーが終わってしまう寂しさでずっと泣いていました。
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○最期に
 このタイスタディーツアーは、大変良いプログラムだと思います。
 7日間の濃く長いようであっという間に過ぎる日々と、そこで生まれるかけがえなの意仲間との交流、日本と海外の違いとそれぞれの良さ、日本で報道されることがない海外の福祉についてなど、学ぶことがたくさんありました。
 このツアーは自分の考え方に大きな変化を与えてくれます。ぜひ海外へ言ったことない学生で3年生の3月、就職活動が本格化するこの時期に行くことで自分の視野が広がると思います。現に私は国内の大都市以外で働きたくないと思っていましたがこのツアーに参加したことで英語を学び、自分のまったく知らない海外での業務に魅力を感じました。

【タイ王国スタディーツアー報告書】                       清水 ひかる

 初めての海外ボランティア、右も左も分からない状態で参加した。ムーバーンデックでバスから降りて最初に子供たちを見た時、話しかける事も出来ずとても不安を感じた。宿泊する部屋に入ると私たちのベットメイキングをしてくれている子供たちが、私たちを歓迎してくれているように思えた。
ムーバーンデック
☆ 森の中での暮らし
 ムーバーンデックでの3日間は私の想像を絶するものだった。蚊帳で寝る事、シャワーは水しか出ない事、壁のないスペースでミーティングをすること、カエルとともにシャワーを浴びたこと、電波が入らないこと。普段日本で当たり前にしていることがほとんどできない環境で正直途方にくれた。しかし、3日間生活しているうちに裸足で歩くのが当たり前に感じられるようになった。日本での暮らしがどれだけ恵まれているものなのかということ、人はどんな環境に置かれても適応することができることに気付かされた。
☆子供たちについて
 ムーバーンデックの子供たちはとても活発運動神経が素晴らしかった。子供たちに促され緑色の川に全力で飛び込んだときは何も考えず楽しむことができた。前の日に仲良く話した子が、次の日に駆け寄ってきてくれたのはなんとも言えない喜びを感じた。
 ムーバーンデックでは、大人と子供が1つ屋根の下に家族のようなまとまりで住み、村のようになっているらしいが、週に一度行っている村を良くするための会議を見学させていただいた。特に驚いたのは、大人も子供も対等に扱い、全員の中から議長を選ぶということだ。日本の学校だったら、先生と生徒という関係で対等に扱われるということはほとんどないと思うからである。
 タイの子供達と関わることに緊張していたが、ムーバーンデックの子供達と遊んだことで緊張をほぐすことができて楽になった。
タンマヌラック
 ここでは驚いたことがたくさんあった。まず、誰もが礼儀正しく、歳上の子は常に年下の子の面倒を見ていたことだ。どんなに小さな子でも年下の子を優先している姿を見て見習わなければならないと感じた。
 1番驚いたのは3、4歳ほどに見える小さい子が、すでに出家していたことである。そんなに小さな子が自分のこれからについて大きな決断していることに衝撃を受けた。
 オレンジ色の袈裟を着た少年僧には女性が触れてはならないという決まりは、少し寂しく感じた。
FORDEC
☆子供たちについて
 ここでの思い出は最初にみんなで踊った時、PPAPやドラえもんなど日本の踊りをみんなが踊ってくれたことである。日本の踊りを踊ってくれるということは想像していなかったので一緒に盛り上がれてとても嬉しかった。言葉だけではなくて、歌や踊りで、人は繋がることができると改めて感じた。私は幼稚園くらいの子が好きなのでここには小さい子がたくさんいて、一緒に走り回ることができて楽しかった。
☆子どもたちの家
 何も考えず楽しく遊んでいると子供たちの家を案内してもらえることになり、しばらく歩くと、足場の悪いところに木の板で何件か家が建っていた。テレビでしか見たことない光景を目の前にすると、何も考えることができなかった。さっきまで笑顔で遊んでいた子供たちは、ごみが放棄され、電気はなく、水も学校のほうへ汲みに行き、多くの虫に悩まされる家で毎日暮らしている現実を知り、個々の家族は毎日何を思いどのような暮らしをしているのか気になった。家に向かう途中、小さな子のサンダルに太い釘が刺さり、何気なく抜いていたこと、きれいなお洋服を着てバイクの後ろに乗って通り過ぎて行く同い年くらいの子を見たことは同じ場所にいてもこんなにも差があるということを実感させられた。ただ、環境に差があっても、どちらの子供たちも同じ笑顔をしていた。どうしてこんなに素直に、楽しく笑っていられるのかもっとこの子たちについて知りたいと思った。
FHCP
☆子供たちについて
 子どもたちが到着したとき、名前を呼んでくれたり、現地スタッフにお願いしてわざわざ私を探してくれたり。FHCPに来るまでの間、大変ながら一生懸命子供たちとかかわったことが届いていたんだととてもうれしかった。FORDECの一人の女の子ととても仲良くなり、二日間ずっと一緒にいた。その子は私がダンスの練習をしているとお水いる?とお水を持ってきてくれたり、椅子を持ってきてくれたり、私を姉のように助けてくれた。言葉はほとんどわからなかったけれど、仲良くなるにつれその子が言いたいことがなんとなくわかるようになってきて、言葉の壁なんかほとんど感じなくなった。タイの手遊びを教えてもらい、二人でできるようになったときは本当にうれしかった。一番印象に残っているのは、夜の日本チームのパフォーマンスの時、出番が近づくと、出番だよ行っておいでと送り出してくれ、踊っているときに彼女のほうを見ると、いいよいいよとうなづいてくれたことだ。純粋に私のことを見守ってくれ、最初に子どもたちに会うことを不安に感じていた私は何だったのかと思った。最後のお別れでも一年後も来てね、約束だよと必死に伝える姿、私が着ていた法被をきてバスからこっちが見えなくなるまで手を振る姿をみて、この子たちはまた一年間どんな日々を過ごしていくのか、来年私たちの姿が見えなければとても悲しんでしまうだろうとおもった。
☆ボランティアスタッフについて
 ボランティアスタッフのみんなは、いろんな国から来ていて、みんな英語で話さなければならなかった。同じ施設を担当するチームに日本人がいなかったので英語ができない自分に焦りを感じた。しかし、あいさつ程度の英語でも、国を超えて一緒にゲームをしたり、ご飯を一緒に食べたり、海外の友達ができたのは初めてだったので本当にうれしかった。終盤に行くにつれて自分から話しかけることができるようになってきて、こんな短期間で自分が変わっていくのを実感した。
 日本チームのみんなは、日本とタイの環境の違い、文化の違いに戸惑いそれぞれ大変な思いをしていた。しかし、9日間どんなにつらいことがあっても乗り越えられたのは間違いなくみんながいたからだと思う。はじめは知らなかったみんなと助け合い一緒に活動できたこと、本当に大切な経験だった。
 最初はボランティアなんてつらい、早く帰りたいとおもっていたが、終わりに近づくにつれ帰りたくないと思うようになった。この9日間は本当に私の知らない世界しかなくて、本当に私があの場にいたのか信じられないくらいだ。いつも興味があったり、やってみたいと思うだけで何もできていなかったので、今回自分からスタディーツアーに参加したことはおおきな変化であり、本当に行ってよかったと思う。また機会があったら、ぜひ参加したい。

【タイ王国スタディーツアーに参加して】                       長田 律人

 今回のスタディツアーに参加して、現地の子どもたちのエネルギーや、彼ら自身が置かれている状況をしっかりととらえ生活していることが分かった。そこから自分自身が受け取ったこと、考えさせられたことはとても多くあった。
 2日目から本格的な活動が開始された。戦場にかける橋で有名なカンチャナブリー県にある「子どもの村学園ムーバーンデック」に行った。この学園では主に子を育てることが困難な親などから子どもを引き取り、高校卒業程度まで施設において保護をして、その後社会に貢献できる人材を輩出していくということを目標にしている。施設の中には、6歳~17歳くらいの子どもが在籍していた。2日目の夜から子どもたちと触れ合う機会が設けられた。日本から持ち寄ったおもちゃなどで親睦を深めた。学園内で流行っているゲームなどにも挑戦をした。そのゲームの中で、15歳くらいの女の子と握手をすることがあったが、私に比べてとんでもない握力を持っていた。その後、なぜそんなに握力が強いのか通訳を通して聞いてみると「毎日のように農作業をしているため」と答えてくれた。そんな彼女の将来の夢は「海軍の兵士になること」だった。なぜそのような志を持ったのか、大きなターニングポイントはFHCPに参加したことだと言っていた。そこで見た兵士の姿に感動して兵士を志す決意を固めたらしい。このときはFHCPがどのようなものか漠然としていたが、子どもたちの心を大きく動かすプロジェクトに大きな期待を持つようになった。
osada1 施設近くの川で遊んだ
 3日目はムーバーンデックから車で約10分の、ミャンマー国境近くにある「タンマヌラック」に移動して子どもたちと遊んだ。この施設も、子どもを育てるのが困難な親から預かって育てている。ムーバーンデックと違う点としては、6歳くらいまでの子どもが中心で構成されていること、幼いながらに僧侶がいることという点があった。同行している方から注意点があり「男の子の僧侶に女性は触れていけない、女の子の僧侶に男性は触れていけない」と指摘された。タイの仏教の教えで、僧侶がこれまで積んだ徳を崩壊してしまうという伝えがあるためだった。これはタイ国民全員が理解していることで、電車内でも僧侶が隣に座った際は、女性は席を移動するといった配慮がなされている。
 この施設の子どもたちは比較的幼いこともあり、かなり人懐っこい印象を受けた。ボランティアスタッフは取り合いのような感じで、施設の案内を行う際も手をつないで率先して案内をしてくれる姿が思い出深かった。
osada2 タマンヌラックの子どもと
 4日目はバンコク郊外にあるフォルデックという施設で子どもたちと遊んだ。この施設に在籍している子どもたちは低所得者や、居住できる場所を失った両親がいる人が多かった。この施設を訪問する際にバスで通っていた町並みは、整備がされきれいな住宅街で、新車同様の自動車を多く見かけた。「はたしてこのような街にそんな困っている子どもたちはいるのか?」と疑問に思っていた。施設訪問が終わり、居住場所を案内していただいたとき驚きが隠せなかった。大きな壁を隔てて、ゴミの広場が広がっていた。しかし、この空間にも人が住んでいた。彼らの生活は非常に厳しく、過酷な環境だった。住宅街の人々がここにゴミを投棄しそのごみを拾い生活をしている現状は、私たちの生活からは遠くかけ離れていたが、地球上にはこのようなぎりぎりの生活を強いられている人々が存在することを知った。とても悲観的な気持ちになったが、施設に戻ると子どもたちがまた笑顔で出迎えてくれた。厳しい環境の中でも、彼らは笑顔を絶やさなかった。自身がこの環境に置かれたときに、笑顔でいられることはないだろう。彼らから生きる強さや、希望のようなものを肌で感じることができた。
osada3 貧富の差が如実に表れている
 5日目は主に移動が中心で、6、7、8日目にFHCPが開催された。これまで訪問した施設の1つのムーバーンデックの子どもたちを担当することになった。比較的年齢も上だったため言語が通じないと難しいところもあったが、年代も近かったので趣味のサッカーの話を通じてかなり話が盛り上がった。
 FHCPのプログラムはタイ海軍の施設で行われ、スケージュールの中には海水浴をする時間も設けられていた。ビーチは沖縄の海に引けを取らないほどきれいであった。私たちは発見することができなかったが、ヤドカリやカニを捕まえて見せてくれることもあった。
osada4 タイ海軍の海水浴場にて
 この期間は、いつでも遊んでよく、昼、夜は屋台が多く出店しいつどこで食べてもいいというように非常に自由度が高かった。その影響からか時間を気にせずに、活動をすることができたのは良い経験になった。自由になった反面、自主性や積極性が問われること、海外のボランティアスタッフの方々とも積極的にコミュニケーションをとっていくスキルを身に着けることができた気がする。
 このボランティア活動をおこない自分たちが施すというよりも、自分自身が現地の子どもたちからエネルギーを受けることが多く、そしてボランティアスタッフ側も楽しめることができたことができた。従来の印象では困っている人に施すという意味合いが強いものとして活動していたが、固定概念がいい意味で壊れたと思う。
osada5
 活動を終えて数日間バンコクで観光をした。そのときに、母親と手をつなぎながらショッピングモールを笑顔で歩く子どもの姿を見て、色々と考えることがあった。プログラムが始まる前は特に気にすることがなかったが、これまで会ってきた子どもたちを思い出し、どうしたら両親がいる環境で生活することができるのだろうかと漠然と考えるようになっていた。このような気づきは、このプログラムを通して身についた貴重なものであると思う。

【タイ王国スタディーツアー】                          丹治 陽佑

[参加理由]
 今回、初めて海外でのボランティアを行いました。私がこのスタディーツアーに参加した理由は、多国籍の子どもたち、さらには障害を持った子どもと触れ合えるということで将来教員を目指しているというところから興味を持ちました。私が目指している教員は、高等学校の教員なので、将来、障害を持っている子どもたちと関わることがなく、直接的に関係は無いかもしれません。だからこそ、この機会を逃したら、この先そのような子どもたちと触れ合うことのような貴重な体験ができないと思い、参加を希望しました。
[一日目]
 バンコクから貸し切りバスでカーチャナブリにあるムーンバンデックに移動しました。ムーンバンデックは完全に山奥で少し進むとミャンマーとの国境になるくらいタイの中心地から離れているところでした。今まで、日本の子どもと触れ合うボランティアはやったことあったけど、この日に始めて言語の伝わらない子どもたちと遊びました。子どもが何をしたいのか、何を伝えたいのかがわからなかったり、その逆の現象が起きたりと、今までの生活では起こりえなかったことばかり起きて、当たり前にできていた言葉によるコミュニケーションが取れない現実にとても衝撃を受けました。じゃあいったいどのようにして子どもたちとコミュニケーションをとるのか、私たちが考えた方法は目によるアイコンタクト、手や体で表現するジェスチャー、相手の表情など、言葉以外の方法で子どもたちが何を伝えたいのか考えていました。そして、この日、川遊びというプログラムがあり、目の前にあったのは、想像を超えるほどの真緑で汚い川でした。絶対に入りたくないと思っていたけど、子どもたちが満面の笑みで私の手を引っ張り、川へ飛び込ませようとしてきました。私はその笑顔に負けて、笑顔で飛び込みました。
[二日目]
 この日は身体的にとても疲れましたが、とても楽しい日でした。午前中はムーンバンデックの近くにあるタンマヌラックに行きました。ここはムーンバンデックの子どもたちよりも幼く、将来、お坊さんになる子どもたちが暮らしていました。中には、4歳から6歳の間で出家して自分の人生を確立している子どもが多くいました。私の幼少期は何も考えずに遊んでいるだけだったので、その歳で自分の生き方を決めている子どもたちからカルチャーショックを受けました。たった半日だったけど、たくさんの笑顔と触れ合うことができて楽しかったです。午後は、ムーンバンデックの中を案内してもらい、その日は自らが望んで川に飛び込みました。夜は、夜中みんなで練習したソーラン節とフォーチュンクッキーのダンスを披露しました。タイの子どもたちの出し物の間に私たちが踊ったのでタイの子どもたちが2回目に踊ったときに子どもたちから「一緒に踊ろうよ」と煽られ、最初は子どもたちの出し物を邪魔してはいけないという気持ちがあったので、やめておこうと思ったが、一緒に参加していた橋本健太君と目が合い、全力でダンスを披露しました。みんながとても笑顔になってくれたので、結果的に良かったです。
[三日目]
 ムーンバンデックの子どもたちとお別れし、フォルデックに移動しました、フォルデックはムーンバンデックとは違い、中途半端なところでした。自然があるわけでもなく、物資が豊富なわけでもなく、あれだけ不便だと思っていたムーンバンデックの自然が豊かな環境で暮らしている子どもたちのほうが、自由でのびのびとしていると感じました。フォルデックの子どもたちとダンスの出し物を出し合い、遊んだ後に、様々な家を見学させていただきました。フォルデック周辺の家は貧富の差が激しく、きちんとしたコンクリートの家もあれば、ごみの山の上に拾った木とプラスチックのみで作られている家が隣り合わせにありました。自分たちがどれだけ恵まれているかを実感しました。さらに、ムーンバンデックですら汚い川で泳ぎたくないと思ったが、ここの子どもは蛙が住んでいるような沼でコケのある所で遊んでいると聞き、衝撃的でした。
[FHCP]
 最後のFHCPでは約千人の子どもがタイの海軍施設に集まり、普段日本のように当り前な行事、というわけではないお祭りや、ダンスパーティーなどをしました。ここでは、ムーンバンデックやタンマヌラック、フォルデックの子どもたちも来ていて、みんな私たちのことを覚えてくれていて一緒に遊びました。その施設の子どもたちみんながFHCP に参加できるわけではなく、限られた人数「おそらく借りたバスに乗れる人数のみ」だけの参加でした。二日目には日本や各国がブースを出し、その各国の文化や、遊びなどを紹介していた。日本のブースでは、折り紙と割り箸鉄砲による射的などを作り、子どもたちに楽しんでもらいました。海軍の軍艦に乗っていく海の上の旅は、多くの子どもが初めて乗る船なのか、船酔いでダウンしている子どもが多く、視覚障害の子は特にすばらしい景色を見ることができない中、船酔いで中にいることしかできず、外の風を浴びることも、景色を見ることもできず、とてもきつかったと思う。とても複雑な気持ちになりました。二日間連続で行った夜のパフォーマンスは、どの国のパフォーマンスも非常に盛り上がり、本当に楽しかったし、何より子どもがかわいすぎた。障害を持っている人たちも歌を歌ったり踊ったりしていて、音楽の力ってどんな壁でも超えちゃうんだなと思いました。
[最後に]
 本当にたくさんの人に囲まれて、最高に楽しい日々を送れました。忙しくて睡眠時間あまり取れなかったけど、そんなことも忘れてしまうくらい楽しくて、みんな帰りたくないと言っていました。ぜひ4年次でも参加して貢献したいと4年生たちは考えています。もし4年生がこのプロジェクトに含まれないのなら含むようにしてください。
 来年もまた、君たち二人がいてくれたから最後までやってこれた、と言ってもらえるような活動をしたいです。よろしくお願いします。

【タイ王国スタディーツアー】                          沼田 悠花

 私ははっきり言って子供たちとの遊び方、触れ合い方がわからず、このスタディーツアーでうまくコミュニケーションを取れるか不安でした。しかし、このタイでの10日間で色々な価値観が変わりました。
ムーバンデック
 3日前からタイに前乗りし、比較的綺麗なホテルに泊まり観光をしていたので正直、タイの山奥に行って生活することに不安を覚えていました。しかし到着すると子供たちが笑顔で出迎えてくれたり、初めて会った仲間たちと生活するのはとても楽しく不安などすぐになくなりました。ムーバンデックで印象に残っていることは川遊びと、夜に図書館で遊んだことです。子供たちとの触れ合い方がわからなかった私にとって川遊びはすごくいいきっかけになりました。特別タイ語が話せなくても、触れ合い方がわからなくとも、子供達から私のところに来てくれて一緒に川に飛び込み、「深く考えて行動するより、自分も楽しむことが大切なんだ」と気づきました。夜の図書館では、どのような遊びで子供達と遊ぶかを考えました。風船やだるま落としで遊んだりしました。最初一人でだるま落としで遊んでる子がいて、大勢でだるま落としをした方が盛り上がる!と思い、周りを巻き込みました。するとみんなだるま落としをすごく楽しんでくれて、一人でいた子も笑顔になってくれて、本当に嬉しかったです。ムーバンデックでは子供たちとのコミュニケーションの取り方を学びました。
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タンマヌラック
 ここでもムーバンデック同様、子供達とすごく楽しく時間を過ごすことができました。タンマヌラックで印象深かったのは子供たちが自立して生活を送っていることです。上級生は下級生を思い合い規律に従って行動していることが驚きでした。私たちが小さい時は自分のことで精一杯だったと思ったからです。また楽しんでくれてる子供達の、時折見せる悲しい顔に心が打たれました。様々な家庭環境があってタンマヌラックに来ていることを再認識した瞬間でした。私たちが少しでも子供達が甘えられる場所になっていたらな、と思いました。
フォルデック
  フォルデックでは上記より少し幼い子供達が多かったです。だんだん子供達と遊ぶコツを掴んで来た私は爆弾ゲームをすることを提案し、すごく盛り上がりしました。しかし、遊んだ後に子供達の家を案内してもらったのですが、それがすごく衝撃的でした。周りは高級住宅街なのに、ゴミの上に廃材を集めて建てた家に住んでいたからです。楽しく遊ぶことに気を奪われがちだったけど、子供達にそれぞれの背景があることを再認識しました。
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FHCP
 子供達が楽しめるよう、海軍の基地を借り有志で出店が出て海にも入れる祭典ですごい取り組みだと思いました。日本でもここまで大掛かりではなくとも、このようなイベントがあればいいのにな、と思いました。
 私たちはここで各国のボランティアと合流したのですがそれがすごく刺激的でした。普段の生活では絶対に出会えないような国の人とも出会えて、ゲームをしたりしてアイスブレイクしました。タイ人のアンちゃんとすごく仲良くなり、一緒に子供達と遊んだり、後日日本で会う約束もしたりととても充実していました。
 海軍の船に乗りクルージングしたり、訓練の一種をしたり、最後のパフォーマンスでよさこいと恋するフォーチュンクッキーをみんなで踊ったりと非常に楽しかったです。
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さいごに
 このスタディーツアーで私はまず、子供達との接し方を学びました。さらに違う国籍の人たちとの関わり方、仲良くなり方を学び、考え方に触れました。様々な境遇の人々と出会うことで普段日本で生活してては気づかないことや考えないことがたくさんありました。このツアーで本当に自分が1つ大きく成長したと思いました。

 

一般財団法人青少年国際交流推進センターでの報告はこちらをご覧ください。