明治学院大学 法学部 公式サイト

search

白金法学会2018.04.12

タイ王国スタデイーツアー2018  参加報告

14
14

「タイ王国・スタディツアー2018」が平成30年3月19日(月)~ 27日(火) に実施されました。

 このプログラムは、タイで行われる青少年健全育成プロジェクト「For Hopeful Children Project(FHCP) 2018」に参加し、ボランティア・スタッフとして現地実行委員と協働するスタディツアーです。
 FHCPでは、タイの孤児や障がいを持っている等の理由で社会的に恵まれない状況にある子供たちを「希望あふれる子供たち(Hopeful Children)」と呼び、普段は施設等で生活する子供たちに海軍の協力の下、数日間にわたり、ワークショップや海水浴体験等の機会を提供するもので、このプロジェクトへの参加を通じて、自分たちを思う人の存在に気づき、自信をもって育ち、競争社会においてしっかりと成長するきっかけとなることをねらいとしています。今回は、6名の学生をこのプログラムに派遣いたしました。学生たちの「タイ王国スタディーツアー2018」の参加報告を掲載いたします。

【タイ王国スタディーツアー】                           古賀 美帆

はじめに

 今回、私は生まれて初めて海外ボランティア活動に参加しました。動機は、何か今までしたことのないことをしたい気持ちと国際人権法のゼミに入るので自分の中で課題を持つ経験を得たいというものでした。ボランティア活動というものに対してはどこかでボランティア活動をしている人の自己満足的な部分が大きいのではないのかなと参加する前は思っていました。

ムーバンデックでの活動

 初めて子供たちと触れ合ったのは、ムーバンデックでした。私たちが着いた日はたまたまスポーツデイということで運動会の真最中でした。運動会では黄色と青色に分かれて様々な競技で戦っていました。運動会に参加できたのは本当にラッキーでした。年齢の高い子供たちとも一緒に踊ったり走ったりすることで距離をわりかしすぐに近めることができました。しかし、ムーバンデックでは言語の壁というものに直面して悩みました。何か伝えたくても伝えることのできないもどかしさを多く感じました。せっかく一緒の時間を子供たちと共有しているのに子供たちの心の中に何も残らないかも、来た意味があるのかなとまで思いました。考えた結果、100%で私たちに向かってくる子供たちに対して100%以上の気持ちを態度で示そうと心に決めました。そこからは言葉がわからなくとも全力で子供たちと向き合えました。ムーバンデックの子供たちは広大な自然の中で一見ただただ、のびのびと暮らしているように見えましたが、みんなで集会を開いてみんなのルールを決めたり、当番を決めて畑仕事だったり紙の生産をしていて、日本の子供たちよりもはるかに自立していて驚きました。

1ムーバンデックの子供たちと

タンマヌラックでの活動

 タンマヌラックは、孤児の子供たちと孤児だけれども出家してお坊さんや尼さんになった子供たちが一緒に暮している施設でした。まず何よりも驚いたことは、お坊さんや尼さんになった子供たちは、自分の意思でなることを決めたということでした。わずか5、6歳の子供が決められた戒律を守って生きて行くというのは日本的価値観では考えられないことでした。年長者が幼い子供の世話をみるという光景がごく当たり前のように行われていて人と人との繋がりの大切さについて逆に子供たちから多く学びました。

FORDECでの活動

 FORDECはタイの最貧困層の家庭の子供達が通うところでした。先に私たちは子供たちと一緒に遊ぶ時間を持ちました。前に行った子供たちとは違って家族と暮している子供たちなので甘えるのが上手な印象がありました。そのあと、ホルデックに通う子供たちの家に訪問させていただきました。その家は、今までの私の家という価値観が崩れるものでした。その衝撃的な家と対照に無邪気な笑顔で壊れたおもちゃを持って走り回っている子供たちの姿を見て、どうにかしたい気持ちと自分の無力さと心がこんなにもざわつくことが初めての経験でした。このような現状があるということをリアルに実感しました。
2

FHCPでの活動

 FHCPは、タイの全土各地から恵まれない子供たちを招くお祭りです。ムーデンバックの子供たちがこのFHCPを楽しみにしていた理由がわかりました。私は日本人で、物に満ち足りた生活をしているのにも関わらずこんなにも楽しい経験はないと思ったぐらいですからです。私は、ビルディング8を担当になりました。日本人スタッフは私含めて2人、フィリピン人1人、タイ人スタッフは7人でした。全員同世代でそれぞれ協力しながら誘導をしました。ビルディング8の子供たちは、今まで関わってきた子供たちと違い、ティーンエイジャーが多くいました。小さい子供たちのようには関われないし接し方に戸惑いましたが、日本の中学英語を話せる子供たちが多かったので、彼女たちと同じ髪型にしてもらったり、将来のことを話したり普通の友達のように過ごすことができました。FHCPで、今回のタイスタの中で一番感動する経験がありました。子供たちは、抽選やくじや釣りなどでいろんな遊ぶおもちゃをゲットすることができます。私は、ホルデックでお宅訪問させていただいた子供と仲良くなりました。その子はゲットしたカメのぬいぐるみのキーホルダーを私にプレゼントしてくれました。その子の日常生活の中では決して得ることのできないだろうものをくれました。私は貰うのを躊躇していたら、私のカバンにキーホルダーを自らつけて笑顔を見せてくれました。その時に初めて私の参加したボランティアはただの自己満足ではなくて、子供たちとのギブアンドテイクの関係が成立しているとわかりました。
3

終わりに

 今回のタイ王国スタディーツアーに参加できたことを本当に嬉しく思います。今まで、「孤児」「障害者」「貧困」というワードは私の中では、マイナスに感じるワードであって積極的に関わっていきたいというよりは、なるべくなら避けたいことでした。しかし、こういう子供たちと関わると、私が思う普通の子供たちと何も変わらなくて、むしろ、シェアする優しさだったり、自立していたりして彼らから学ぶべきことが沢山あると気づかされました。しかし、社会から見た彼らの環境は社会的マイノリティであることは変わらないと思うので、国際法を学ぶ上で、この経験を活かしてどのような法整備が必要なのかを考えていきたいと思います。
45

 

【タイ王国・スタディツアー 2018】                      杉原朝陽

参加動機

 以前から国際的な交流に興味があり、その交流の中で自分の持つ知識や物事の見解を広げられ、「グローバル」という身近になりつつあるものを知ることができるのではないかと考えたため。
 また、海外に一度も行ったことが無く、海外の情報はインターネットやテレビや本などの媒体を通してでしか得られなかったため、今回の機会を通じて海外(タイ王国)の現状を実際にその地に訪れ、体感したいと思い参加を決意した。

ムーンバンデック

 色々な事情を抱えた子どもたちが集まっている孤児院であった。自分にとって初めての海外ボランティアの場所であったため最初はコミュニケーションの取り方などどうすれば良いか分からなかった。しかし子どもたちから積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれ、それに答えようと顔の表情やジェスチャーなど目に見える方法を使いコミュニケーションを取っているうちに使う言語は異なっても分かり合うことができるということを実感した。
 また、この施設では木工細工や美容室などのための教室があり、職業訓練学校のような要素を持ち、実際にそこで作ったものを売ったり、子どもたち同士で髪を切ったりしている。そして、農作物や鶏のような家畜も自分たちで育てておりそれもまた売り、自分たちの食事のために自分たちで捌き、さらに施設内のきまり事を作るために議会を開くということも聞いて自分たちよりも年下の子どもたちが国を築いているように感じた。そのことと同時に子どもたちの主体性や自立性がこの施設では養われていると感じ、日本の施設には無い要素を持っていると思った。

タマヌラック

 ムーンバンテックと同じく色々な事情を抱えた子どもたちが集まる孤児院であるが、大きく違うことは僧や尼を目指す男女の子どもたちがいるという部分である。その子供たちは誰かにやれと言われたわけでなく自分でなることを決意し、髪を剃り、厳しい戒律に従いながら生活している。そして、年上の子どもたちが年下の子どもたちの面倒を見ることや、自分専用のロッカーを持ち自分のものを管理する、食堂の施設を管理するリーダーがいるなどムーンバンデックと同じく主体性や自律性などを養っている特徴を持っている。
 自分がまだ両親に甘え自己管理を任していた年頃には、僧や尼になることを自分で決め、厳しい戒律のもとに生活することや、自分より小さい子供たちの世話をしているという事実を実際に見て、自分が同じ年頃だったらできなかっただろうと感じるとともに今の自分にも見習わなくてはいけない部分が多々あるということを感じた。

FORDEC

 先ほど紹介した二つの施設の特徴とは違い、制服もあり、自分を育ててくれ、お迎えをしてくれる親類がいるという特徴を持っているため日本の幼稚園や保育園に近い施設であった。また、子どもたちは自分たちを迎え入れてくれるための出し物を全力で行ってくれた場面を見て在籍している施設は違っても、自分たちを快く歓迎してくれる姿勢、何事も全力でやる姿勢、遊ぶことを楽しむことや子どもたちの笑顔は変わらないと感じた。
 施設での活動後に近くにある施設に通っている子の住む家を訪れた。とある一軒に住むおばあちゃんは自分たちの訪問を喜んでくれ涙を流すと同時に、現状が厳しくこのままでは土地を退去させられてしまい遠くへ引っ越さなくてはならなくてもし力を貸してくれるなら協力してほしいと言い流した悲しみの涙を見たことや、別の家に住む家族の場合では、母親は夜勤のパン工場で働き、父親は警備関係の仕事についているのに住んでいる土地代500バーツを払うことが精一杯であるという事実を通じて、タイの貧困層の現状を改めて痛感した。

FHCP

 自分たちが訪れた施設をはじめとした色々な施設が海軍基地に集まり、施設ではできない色々な体験をさせるための補助をするということが主な内容であり、そのために準備期間含めた四日間タイとフィリピンから来たボランティアスタッフと連携して活動を行うというものであった。その時に使う言語が英語であり、自分は英語があまり得意ではなく、そして英語を使う実践的な現場は初めてであり、とても苦労するとともに自分の力不足を痛感した。さらに、施設に訪れる子どもたちは様々なハンディキャップをもつ子どもたちや宗教に所属する子どもたちが集まり、自分の担当した施設では車いすを使っている子どもたちがいたため、最初はとても困惑することが多く、四日間意味のある時間を過ごせるのかという不安しかなかった。
 しかし、このまま自ら行動せずにほかの人に任せて四日間過ごしてしまってははるばる日本からタイへ来た意味が無くなってしまうと感じたため、前に訪れた三つの施設の子どもたちと触れ合ったように、失敗を恐れずにボランティアスタッフとのコミュニケーション取ったり、車いすの子どもの介抱をしたりと積極的に行動することを心掛けた。その結果、ボランティアスタッフと仕事をしている時や仕事以外の時でもコミュニケーションを取ることができ、また自分の担当していた施設の子どもの車いすの介抱もすることができ、その介抱していた子供から「ありがとう。」と感謝の言葉をもらえた。そして車いすの子どもたちだけではなく、他の同じ施設の子どもたちともコミュニケーションを取ることができ仲良くなることができた。

全体の感想

 実際にタイに訪れてみて文化、街並み、物価、社会情勢など日本と大きく異なり、とても大きな衝撃を受けた。特に、貧困については日本に存在するような最低限度の生活を営むための法体制が整っていないことにより、スラム街が存在することなど日本よりも比べ物にならないものであり、色々と考えさせられた。
 また、言語の異なる子どもたちと関わる上で、言語がお互い分からなくとも通じ合えるということが分かった。何事にも全力で取り組み、自分たちの働きかけにも全力で答えてくれ、恵まれない環境に置かれていることやハンディキャップを抱えていることを感じさせないくらい元気で屈託のない笑顔を見せてくれた子どもたちを見て、今回のメインプロジェクトの題名である「For Hopeful Children Project」という意味通りに子どもたち自身が持つ強さや希望、これからの可能性を感じた。
 そして、子どもたちやボランティアスタッフと関わってきた中で、自分の英語力、物事の積極的に取り組む姿勢や考え方、視野の狭さ、その場の状況によりふさわしい対応をする能力など多くの課題を再認識させられた。何よりも孤児院や今回のプログラムは海軍や企業や民間人など周りの人たちに支えられて成立しているものだということを強く感じた。
 今回のタイ王国・スタディツアーは今までで一番充実した期間であると感じた。今回の貴重な体験をただためになったと思うだけでなく、タイ・スタディツアーで再確認した課題を克服できるように常に考えながら今後の生活を送っていこうと思う。そして、また機会があればタイ王国・スタディツアーに参加したいと思う。

 

【タイ王国スタディーツアー2018活動報告書】                橘田 樹

 すべての人は生まれながらにして平等であるべきである。しかし、この精神に立ちはだかるのは、貧困・災害問題などといった様々な社会的課題であろう。私自身、日本で生活する上でこうしたことを考える機会は多い。したがって、本プログラムの募集を見た時、私は国内のみならず海外はどうなっているのだろうという好奇心から、応募するのにためらうことはなかった。

 本プログラム(タイ王国スタディーツアー)のメインは、日程としては最後にあたる「For Hopeful Children Project(FHCP)」に参加することである。FHCPでは、タイ王国全土にいる孤児や難民、少数民族、障がいを持っている子どもたちを「希望あふれる子どもたち(Hopeful Children)」と呼び、チョンブリー県にある海軍施設に招く。そこで、彼らは舞台上でみんなに自分を表現したり、私たちボランティアスタッフと共に遊び、ご飯を食べたりして交流する。FHCPがここまで大きな規模になり、今回で28回目を迎えられたのも、現地や私たち同様海外のボランティアの方、さらに軍人の方などの子どもたちに接する姿を目の当たりにすれば、当然のことのように私は思えてしまった。

 まず、私たち日本からのボランティアはFHCPの参加よりも前に、カーンチャナブリー県にあるムーバーンデックとタンマヌラック、バンコク郊外にあるフォーデックという3つの施設を訪れていた。これら3つの施設からも選ばれた子どもがFHCPに参加できるため、子どもたちと事前に関係が築けていた私たちにとっては、非常にラッキーだった。以下ではそれぞれの施設ごとに触れたい。

 ムーバーンデックは、貧困・家庭崩壊などの理由で親と繋がれていない子どもたちが、大自然の中で共同生活する場である。私たちはここで2泊し、実際に子どもたちの生活を体感することができた。偶然なことに2日間ともスポーツ大会が開催されていたため、普段の子どもたちの暮らしぶりは見られなかったが、私たちも子どもたちと一緒になって競技に参加することで、本当に距離を縮めることができた。これは後述するFHCPのことを意識すれば、何よりの成果として挙げられると私は思う。

6←ムーバーンデックでのスポーツ大会

 タンマヌラックは、少年僧や少女の尼僧が共同生活する児童養護施設で、ミャンマー国境地域にあるという地理的性質から、中には少数民族の子どもたちもいる。彼らは幼い頃より、自分の意思で出家するかどうかを決めるため、その袈裟姿といい、面立ちといい、どこか他の子どもには見られないような重みが私には感じられた。
7←タンマヌラックにて、白い袈裟姿は女の子

 フォーデックは、主に低所得層家庭の子どもが通う幼稚園である。みんなが同じコミュニティに属するムーバーンデックやタンマヌラックとは異なり、フォーデックの子どもたちはそれぞれに家庭が存在するため、当たり前だがそれぞれに帰る家がある。ただ、その家のうち2軒ほどお邪魔したが、環境はかなり劣悪だった。廃棄物などに囲まれた環境で、当たり前に暮らす人々の姿があり私は混乱した。そのような中で、臭いに関しては言葉では表現しきれないものがあるため、これが現実なのかと実際に体感することの大切さも覚えた。一方、それらの家と対照的に中流階級の家々が高いコンクリート塀越しに隣接する。私自身、ここまで典型的な棲み分けをこれまでに見たことはなかった。今後も社会的に立場の弱い者は、どんどん隅に追いやられていくのだろう。

89
       左:フォーデックの子どもたちと 右:フォーデックに通う子どもの家庭

 以上、3つの施設を訪れて私が感じたことの1つに、社会に対する法の可能性と責任が挙げられる。というのは、どの国であっても子どもたちや貧困世帯など、社会的弱者は不利益を被るが、その程度は法によって抑えることができると私は考えるからである。青少年国際交流推進センターの職員の方のお話によれば、タイでは相続税や所得税といったシステムが発展しきれておらず、ファミリービジネスなどで財を築いた家庭は、その後の暮らしに困ることが少ないという。どのような家庭に生まれたかによって、その子どもの機会に格差が表れるのであれば、それはやはり問題であると私は考える。そうしたことに応えられるのが、法であると私は感じている。

 さて、私はFHCPに参加するにあたって、前述したような背景を抱える子どもたちが、期間中に少しでも幸せを感じてもらえれば良いなと考えていた。そして、私にできるのは、そうした幸せを子どもたちに与えることであると。しかし、FHCP初日に「幸せ」とはなんだろうかという問いに、私は直面した。というのも、幸せという価値やその判断基準は人によって異なり、さらに日本で生活し特にハンディキャップを抱えていない私には、何ができるのかと悩まされたからである。そこから、本プログラムをムーバーンデックへの訪問から振り返ってみると、様々な場面でのタイの子どもたちの笑顔が頭に浮かんできた。幸せを感じないときに満面の笑みはこぼれないんじゃないかと思えた瞬間である。そこから私は、頭の中で「幸せ」を「笑顔」に置き換えるようにし、2日目と最終日に私ができることは、子どもたちの笑顔のシーンをひとつでも多くつくることだと考えるようになった。実際、FHCPのねらいは“global smiling”であったことも思い出した。全てが終わった今振り返ると、数え切れないほどの子どもたちの笑顔が見られ、別れには涙もあったことから、自分の中でも、FHCP全体としても目的は達成されたように私は思う。
1011
         左:FHCPのワンシーン 右:FHCPで子どもたちと一緒に踊ったソーラン節

 最後に、私自身スタディーツアーを通して本当に多くのことを吸収することができ、成長を感じ取ることができた。本プログラムでお世話になった全ての方に感謝したい。そして何よりも、子どもたちの素敵な未来を願っている。

 

【タイ王国スタディーツアー2018を振り返って】             冨田秋穂

はじめに
 私がこのタイ王国スタディーツアーの参加を決めたのは、ゼミの先生の紹介があり、過去の参加者の方達の経験談や感想を聞いた上で今しか出来ない経験だと思ったからだった。ボランティアの意義とか、海外の子どもとの接し方とか深く考えずに決めてしまった私は、初日からとても不安で子ども達に何をしてあげることができるのか分からずにいた。

ムーバンデックでの活動

 私たちがムーバンデックに着いた時、運動会が行われていて小さな子供から大人までが参加し、とても盛り上がっていた。そこにどうやって入り込んで行ったらいいか迷ったが、現地の人たちが率先して仲間に入れてくれて打ち解けることができた。そこでは自分たちがボランティアとして来ている感覚はなく、一緒になって楽しい時間を過ごすことができ、その点でムーバンデックの人たちにとても感謝している。ムーバンデックでは2泊過ごしたが、足の着かない深さの川に飛び込んだり、水のシャワーで体を洗ったり、スコールの中走り回ったり、日本にいては出来ない体験がたくさんできた。日本では見ることのないくらいの大きい虫もたくさんいたが、そこで過ごしている子ども達の強さを感じたし、何よりも自然の中で遊んでいる子どもたちがとても楽しそうだった。日本よりも恵まれない環境というイメージだけで向かったが、その概念は壊されて、逆にゲームやスマホがない暮らしでもここまで楽しめる生活は日本よりも恵まれているのではないかとすら感じた。
 しかし、ムーバンデックで暮らす子の話を聞く中で不安に思うことがあった。18歳くらいの男の子にインタビューする機会があり、いまやりたいことは何か、という質問に対して、特にないと答えたことに私はとても違和感を覚えた。施設で全てがまかなえるので施設で暮らす子たちは外の世界をあまり知らない。いまの生活に満足してこれ以上は望んでない、と考えれば良いことなのではと思うが、あまりにも外の世界と触れ合う機会がなさ過ぎて世界で何が起こっているのか全く知らないのでは、と思った。海に一度しか行ったことがなく、FHCPで海水浴ができるのを心待ちにしている子もいて、年頃の子であれば普通に抱くようなやりたいことが思いつかないというのには決していい面だけがあるのではないと感じた。これからの将来について何らかの不安があるのかという質問に対してもないとはっきり言いきっていて、それは、まず将来に対する選択肢の数が少なすぎて不安すらないのではないかと考えた。ボランティアとして来ている私に何ができるのかを考え、日本の生活について写真を見せて教えてあげようとしたが、それが果たして良いことなのか。自分たちが過ごしている生活とあまりにも違いすぎて衝撃を与えてしまうかもしれない、何気ない自分の行動が親のいない施設で暮らす子どもたちを傷つけてしまうかもしれないと思うとできなかった。ボランティアとしてどこまで深入りしていいのか、難しい課題だと感じた。
12

タマンヌラックでの活動

 タマンヌラックには自分の意志で幼いながらも出家すると決め、僧侶の格好をしている子供も多くいた。そうではない子もいるが、洗濯や布団の片付けなど、日本の幼稚園であれば先生がやってしまうようなことも子どもたちが協力し、率先しておこなう。すべてのことにおいて責任が生じる生活の中を生きていることに感動した。しかしここでも施設の中に全ての生活の基盤が揃っていて、外と関わることがあまりないことで子どもたちにどのような影響を与えているのかが気になった。
 お互いの言語が話せない中で遊ぶことに初めはやりづらさを感じていたが、簡単なタイ語やジェスチャー、アイコンタクトなどでも十分にコミュニケーションを取れることが分かって楽しい時間を過ごすことができた。子どもたちも初めは距離を感じていても自ら笑顔で積極的に話しかけたり、ちょっかいを出したりするとすぐに打ち解けてくれて元気いっぱいの笑顔を見せてくれた。その笑顔は出家しているとか、親がいないとか、貧困だとか色々な事情があってもすごく輝いていてたくさんの元気をもらうことができた。

13

フォルデックでの活動

 フォルデックは日本でいう幼稚園のような場所である。この施設の子たちは本当に元気で、汗だくになるまで体を動かして遊んだ。タイ語が話せない私を気遣ってつたないながらも英語で一生懸命話しかけてくれたり、遠くにいても自分の名前を大きい声で呼んでくれたりしたことはちょっとしたことだけど本当にうれしく感じた。フォルデックの子たちと遊んだ後に周りの住宅街に行き、そこで貧富の差を明確に感じることとなった。壁を一枚挟んで対照的な家が並び、貧しい地区の家は家というより何とか形を成している寝床という感じであった。そんな家に住んでいる一人のおばあちゃんが涙を流しながら私たちを歓迎してくれた。立ち退きを命じられて毎年のように家が移動させられ、安定した暮らしができずにいると不安を訴えていてそこでもずっと涙ながらに語っている姿を見て、自分の無力さを痛感した。すごく歓迎してもらっているのに、それに値するくらいのことは何もできていないのにと感じてしまう自分がいて、悔しいなと感じた。ボランティアとして自分に何ができるのか、今は考えることしかできないかもしれないが、それもとても大事な時間だと知ることができた。フォルデックで一緒に遊んだこの中にもその貧困地区に住んでいる子は多くいるが、一緒に遊ぶ上で普通の暮らしをしている子との違いはなく同じようなキラキラした笑顔があって、貧富の差がなぜ生まれてしまうのか、それが子どもたちにどのような影響を与えるのか、様々な疑問が生まれた。このような問題にリアルに直面できたことは自分の中でとても大きいことだと感じるので、それだけにとどまらず現実を知り、次のステップアップにつなげていきたいと思う。

14

まとめ

 私にとってこの9日間はとても有意義な時間となりこれからの人生を考えたうえでも確実に参加してよかったと思える経験となった。ボランティアに参加して明確にこれを得ることができたとはっきり言うことは難しいが、色んな価値観があってそれぞれの考え方があることを知り、それを知ったうえで自分がどう思い行動すべきなのか、考えるきっかけになったことが一つの大きな収穫だと思う。
 その中でもこのタイ王国スタディーツアーで一番感じたのは子どもたちの笑顔の素晴らしさである。海外のボランティアスタッフとの英語でのコミュニケーションの難しさや慣れない土地での生活、体力的にもきつい面は多かったが子どもと触れ合ってあの笑顔を見るだけでエネルギーをもらえたし、日本に帰ってからも頑張ろうと思えた。これからもこういった機会があればぜひ参加したい。これからもあの子どもたちの笑顔を忘れずに学校生活、就活なども頑張っていきたい。

 

【タイスタディーツアー報告書】                       村松遼太  

 このスタディーツアーに参加した理由はとても単純だった。「今までにない経験が出来チャンスだ」と思い応募した。また、違う国籍の子供たちと接する機会などあまりないので興味があった。いざ参加が決まると実際に子どもたちとうまく触れ合えるのか?初対面のメンバーと仲良く活動できるのか?様々な不安があった。実際に今回のスタディーツアーに参加してよかった思う。以下イベントごとにまとめていきたいと思う。

【ムーバンデック】カンチャナブリー県に位置する子供の村学園ムーバンデックでは、さまざまな理由で親元にて生活出来ないこどもたちが生活している。私たちの最初のコニュニケーションは、その日たまたま行っていたスポーツデイへの参加だった。子供たちと交流して思ったのが、子どもたちの元気を良さだ。日本ではまず体験したことのない活気を感じられた。コニュニケーションを取ろうとするが言語が異なるので戸惑いがあったが、子供たちは、一生懸命で我々に何かを伝えようと全力で、体を使ったりして話しかけてくれた。初対面の自分たちにこんなに親しみを持って接してくれることに驚いた。また言葉を介さずお互いに全力でありとあらゆる手段でコミュニケーションをとる方が、言葉を介するよりも距離が近くなるのが早いのではないかと感じた。とはいえお互いの言葉を理解できるに越したことはないが、それにしても彼らの順応性の高さに感心した。彼らにインタビューした際に将来に不安はないと答えていたのが驚きであった。十代後半の時期に自信をもって将来に向かって進んでいることはすごいことだと感じた。また様々なバックグラウンドがある彼らが過去を語らないという点について、常に未来に期待して生きていることが伝わった。自分も彼らの考えを見習いたいと思った。

【タンマヌラック】ムーバンデックから車で10分くらいのところにある、仏教の尼僧により設立した施設で、子どもたち約100名が暮らしている。この施設での日本の教育システムとは異なった習慣を目にした。子供たち自ら責任を持ち、管理する習慣が幼少期から始められることは、日本にはないシステムだと思った。年少の子供は年長の子供が面倒を見ることは、責任感を育むのに最適だと感じた。さらに子供たちは、自らが出家するかどうかの判断を彼らの5,6歳の年齢で自分で決めることにも驚いた。大人は傍観者であり子どもたちだけでコミュニティーを形成し問題を解決してくことが、子どもの自立を促進させると思った。

【フォルデック】この施設は貧困家庭に暮らす子どものための幼稚園である。ここでもたくさんの子供たちと交流したが、とてもパワフルな子たちがたくさんいた。またここに通う子どもの家に訪問したが、想像をはるかに超える衝撃的な光景があった。いわゆるバラックのような建物に11人が暮らしていると聞いて驚いた。実際に自分の目で見るその家は貧困問題の深刻さを物語っていた。そして貧しさが子どもたちの将来の可能性を奪っていると思うと非常に残念だった。発展途上国では利益優先の社会であり、貧困家庭のような弱者は見過ごされてしまっている。ゆとりある先進国が率先してこの問題に対処していかなければならないと感じた。日本でも貧富の差の問題はあり、この問題に関しては、日本でも活動できることがあると思う。

【FHCP】このキャンプは、タイの海軍施設にて開催される年に一度の祭りだ。ここには、さまざまな理由で恵まれない状況にある子供たちが、タイ全土から訪れ、彼らが交流する場である。そこで我々はボランティアファシリテーターとして参加した。自分が担当した施設は自閉症、精神疾患をもつ方たちだった。年齢層が幅広く、子どもから大人までいた。コミュニケーションをとるのが非常に難しく完全に打ち解けることはできなかった。どんな人とでも、分け隔てなく接することが出来るようになることが今後の自分への課題だと思う。このキャンプは、子供たちの将来にとって大切な経験だと思った。なぜなら、普段彼らが生活している環境とは全く別の場所で新しい出会いや経験をすることが出来る。子供たちの世界観が広がる大切な場所であり、貴重な時間であると感じた。ボランティアスタッフや海軍、他の施設の人と交流することが彼らの将来の選択肢が増えるきっかけとなればいいと思う。

【全体感想】文字どおり本当に多くのことを経験し、学ぶことが出来た。彼らの生きざまに感銘を受けた。子供たちの希望を感じたまさしくHopeful children 恵まれない子どもだからと言ってみんな変わらない輝きを持っている。その輝きを失わないでほしいと思った。また活動中子供たちに差別や偏見が一切見られなかった。むしろお互いを助け合う姿を見ることが出来た。彼らは、一人ひとりを尊重していてそれぞれの違いも個性として大切にしている。富や名声といった目に見える形の幸せではなく、本当の幸せを得ているように感じた。子どもは、これからの将来を担う大切な存在であり、特殊な状況にあってもしっかりとケアしていくべきだと感じた。これから自分にできることは、なんだろう?「ああ楽しかった」では終わられない“もやもや”が残っている。日々彼らのことを思い、考えるだけでも次への行動につながる糸口になると思いながら生活していきたい。また法学部生として、客観的視点で今回のスタツアを体験できたと感じる。法学は感情論ではなく物事を均等な距離感から見ることが出来る。何が問題で彼らに何が必要なのか、法学部生ならではの視点で問題解決していきたい。この春から国際法のゼミを受講することになったので、そこでも今回学んだことを活かして研究したい。
1516

 

【タイ王国スタディーツアー参加報告書】                 佐久間 美希子

 今回のスタディーツアーへの参加は、初めての海外ボランティアで、子どもと交流するようなボランティアの経験もなかったため、タイ語も出来ず、親がいなかったり、貧困を理由に施設に預けられている子どもたちとどのように接すればよいのかもよく分かっておらず、直前までとても不安を感じていた。
 しかし、最初に訪問したムーバンデックで、そんな私の不安はなくなった。子どもたちは、私のもとへ駆け寄って来て、手をひいて遊びに誘ってくれて、言葉が通じない私に、根気よくタイ語とジェスチャーで遊び方を説明してくれたり、ちょっとしたいたずらをしてきたり、それぞれが抱えるバックグラウンドなど全く感じさせないくらい明るく活発で、優しかった。私たちがムーバンデックに行った日は、幸運なことに、スポーツデーが行われており、出場している子をみんなで応援したり、スタディーツアーのメンバーも競技に参加させてもらったりしたことで、幼い子たちだけでなく、高校生くらいの打ち解けるのが少し難しい年頃の子たちとも交流することができた。また、16歳と18歳の子たちに話を聞く機会があったのだが、印象的だったのは、今、一番欲しいのは何か聞くと、何もないと言っていたことだ。私たちは、彼らより多くのものを持っているが、欲しいものというのは、きりもなく出てくる。それなのに、彼らは、そんな私よりも、よっぽど満たされているようだった。
 子どもたちの暮らす環境は、川が流れ、草木が生い茂り、様々な生き物のいる、とても自然豊かな場所で、水しか出ないがシャワーも、清潔に保たれたトイレもあり、敷地内には、農園・養鶏場や紙をすく場所などがあった。教育設備も、教室・グラウンド・図書館・ホールをはじめ、コンピューターや音楽・工作などを学べる部屋も用意されており、思っていたより整っていると感じた。また、農園や養鶏場では、子どもたちが当番制で仕事を行っているそうなのだが、鶏を絞めるところまで子どもがやっているというのには驚いた。
 ムーバンデックでの滞在中に訪れた近隣のタンマヌラックは、出家した子どももいる施設だった。ここでは、子どもたちの礼儀正しさや気遣い・思いやりに驚かされた。彼らも、とてもフレンドリーで、一緒に遊んではしゃぐ姿は、同年代の子たちと変わらず可愛らしかったが、遊んでいる間も、常に年少の子を気にかけて、世話を焼いていて、時折見せる表情は、とても大人びていた。幼くして自らの選択で出家をした子どもたちや、年上といっても5・6歳くらいの子が年下の子どもの面倒を見ている姿を見て、日本の同年代の子どもや昔の自分と比較すると、彼らは精神的にとても成熟していると感じたし、それは、タンマヌラックの理念や先生方の指導によるものだけでなく、子どもたちがそれぞれ抱えるバックグラウンド、経験してきたことによるところもあるのではないかと感じた。
 その後に訪問したFORDECは、前の2つの施設とは違って、貧困層の子どもを日中預かる幼稚園で、建っている場所も自然に囲まれているわけではなく、住宅地のような場所だった。FORDECの子どもたちと遊んでみて、彼らは、貧困という問題を抱えてはいるものの、自分の親や親族のもとで暮らしているからなのか、ムーバンデックやタンマヌラックの子どもと比べると、とても甘え上手だなと感じた。
 あっという間に時間が過ぎて、子どもたちは、それぞれ迎えに来た親に連れられ帰っていったが、私たちは幼稚園の近くに住む子どもの家を訪問させてもらえることになった。訪れたのは、草の茂った空き地の一画に廃材などを利用して建てられた家で、あまり広さがないところに、親子だけでなく、おばあさんや親戚も一緒に暮らしていた。彼らは、去年も一昨年も近くの別の場所で暮らしていたが、立ち退きを迫られ、場所を移したそうで、移動する度に大切なものなどが無くなってしまうと言っていた。彼らの家は住宅街から程近く、それらを隔てるのは住宅を囲む塀だけで、短い距離でこれだけの格差があるというのはかなり衝撃的だった。その後、訪問した家もトタンなどで建てられていて、周りには、誰かが捨てていったり、お金に替えるために集めた瓦礫やごみが置かれていた。その家の子どもが、FHCPのキャンプに参加する予定だと話していたのだが、同行していたタイの方が、もしFHCPに参加することが出来なければ、この子が人生で海を見ることはないだろうと話していたのが印象的だった。
 スタディーツアー後半、海軍施設で開催されたFHCPでは、孤児や貧困家庭の子どもだけでなく、国境近くの民族の子どもや障がいがあったりする子どもなど、多様なバックグラウンドを持つ、今までより幅広い年齢の人と関わることが出来た。私は、主に発達障害をもつ3~7歳くらいの子どもたちを担当することになったのだが、朝、バスに乗ってやってきた子どもたちの出迎えをした時は、スタディーツアー前半に3つの施設で子どもたちと触れ合ってきていても、やはり緊張した。しかし、バスから降りてきた子どもたちは、私の緊張を和らげてくれるくらい、無邪気な笑顔が魅力的で、愛らしかった。最初のうちは、子どもが駆け寄って来てくれたりしても、先生たちに止められたりして、今までのように子どもたちと遊ぶことが出来なくて残念に思ったりもしたが、FHCPの3日間だけしか彼らと関わらない私たちボランティアとは違い、毎日、彼らを見守る先生方の責任感が感じられた。FHCPでは、海水浴や軍艦への乗船、子どもたちの発表などがあり、子供たちだけでなく、私たちボランティアや先生方・軍人さんまで、とにかくたくさんの人の笑顔であふれていた。FHCPで特に記憶に残っているのは、日本人ボランティアでソーラン節を踊ったときだ。多くの子どもたちがステージまでやって来てくれて、見よう見まねでソーラン節を踊ってくれたのだが、それぞれ違う施設から来ていて、本来なら関わることがなかったであろう子どもたちが、みんなで一緒に、ひとつのステージで踊れたのは本当に良かったと思うし、感慨深かった。

 今回、タイ王国スタディーツアーに参加し、貧しさから家族と暮らせない子どもたちや、親のもとで育てられていても貧困に苦しむ現状を、自分の目でしっかりと見て、彼らや障がいを持つ子どもたちのたくましさ・前向きな姿勢、そして、エネルギーを肌で感じたことは、自分がそれまで貧困等の問題や孤児・障がい児に対して持っていたイメージや先入観を良い意味で壊してくれて、自分自身を省みる機会も与えてくれた。スタディーツアー中は、子どもたちから元気やパワーをもらっただけでなく、多くの学びや気づきが得られたので、与えてもらうばかりで、自分はボランティアとして、彼らのために何かしてあげられているのかと考えたり、数日間、ひたすら遊んで、一緒に楽しく過ごして、スタディーツアーが終われば帰国してしまう自分が無責任に思えたり、今、目の当たりにしている現状を自分にはどうにも出来ないという無力さを感じることもあった。しかし、このスタディーツアーを通して、ボランティアのあり方について、自分なりに考えることが出来たし、今回見てきた貧困等の問題だけでなく、世界が抱える様々な問題に、常にアンテナを張って、自分に何が出来るのかを考えていきたいと思った。タイで過ごした9日間は、子どもたちの置かれている環境や貧困の現状を完全に理解するのに十分だったとは言えないが、今回得た経験や理解を深められたこと、そして感じたことを忘れることのないよう心に留め、これからも、マスメディアなどから得た情報だけで、何かを知ったつもりにならず、実体験を通して理解することを心掛けていきたい。