明治学院大学 法学部 公式サイト

search

『人生の師との出会い』

今尾 真

1965 年10 月16 日生まれ
担当科目 民法総則,物権法,債権総論,民事法演習,演習
専攻分野  民法(担保法,特に先取特権・譲渡担保およびそれらの物上代位,債
権譲渡と債権の譲渡担保,成年後見法制,信託法)

 新入生のみなさん,ご入学おめでとうございます。わたくしも,20 数年前にみなさんと同様,夢と希望をもって本学に着任致しました。明治学院に対する感想は,まず何よりも,学生を大切にするという校風,そして,学生に対する熱い心を持った優秀な教職員が多数いるということです。これからの4 年間,大いに学問に勤しみ,楽しいキャンパス・ライフを謳歌して下さい。わたくし自身は,みなさんと年齢が離れておりますが,気持ちだけは若いと思っておりますので,先輩として,師として,ともに学問の真理を探究していきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
 さて,新入生のみなさんが,大学でいかに学ぶべきか,過ごすべきか,ということについて,これと関連させながら,わたくしが大学に入学して初めて法律学に接した頃の思い出とその後偉大な諸先生方に直接・間接に受けた教えを,特に民法を中心にお話しさせていただきたいと思います。
 母校である法政大学での初めての民法入門の授業で,恩師のS 教授は,「民法は,ローマ法以来の古い伝統を背景に,技術的精緻にして,量的に膨大な法体系であり,その習得はきわめて困難である。しかし,法律は技術の学問であり,その技術をひとたび習得してしまえば,それを縦横無尽に駆使して,社会に貢献できる。そのためには,日々の努力が必要である。コツコツと勉強を積み重ねることによって,いつか必ず目の前に道が開ける」と講義されました。わたくしは,この最初の講義に感銘を受け,その後,必死に民法の勉強を始めた記億があります。また,ある時,先生は,こうもいわれました。「人にはそれぞれの力量があるが,その力量を見据えたうえで,努力を怠らなければ,人生に必ず訪れる何度かのチャンスに無意識のうちに近づき,これを自分の方へたぐり寄せることができる。大部分の人は,チャンスが到来していることすら気づかない場合が多い」と。その後,わたくしは,先生の民法の講義と人柄に魅せられて,先生の演習へ進み,さらに多くの学問・人生の教えを受け,今,先生と同じ道を歩んでおります。
 もう一つの思い出は,当時,東京大学の教授であったY 教授が法政大学において,新入生を前に「民法の学び方」と題する講演(この講演は,後に同じ題名で法学志林84 巻3 = 4 号1 頁に掲載されましたので,是非,新入生は読まれることをお勧めします)を行われた時のものです。二つ感銘を受けました。
 一つは,X とY の法律紛争を考えるにあたって,自分を裁判官に見立てて,いずれを勝たせたほうが妥当かを,当事者・社会的背景等の様々なファクターを考慮して結論を得るという実質論を行ってみるべきだ,次いで,実質論で得られた結論を,条文,条文がなければ判例を根拠に正当化するという作業を行ってみるべきだ,と力説されました。以降の学部生時代,わたくしは,まず,自分の頭で法律問題を考えて結論を出し,それが法律的に承認されうるものか否かを検討するという,「実践的方法」(Y 先生はこう呼ばれる)によって,民法を含む諸法の法律問題を考えるようにしてきました。
 もう一つは,法律以外の読書の効用でした。先生は,以下の効用をあげられました。第一の効用として,毒消し作用=気分転換,第二に,視野を拡大できることにより,さきに述べた実質論を試みる際に有用であること,第三に,文章表現が,法律のようなギシギシした硬直のものから誰にでも分かるやわらかいものになること,第四に,法律以外の読書をしていて「民法」に出会った時の楽しみ,をあげられます。特に,第四は,実に愉快なものです。少しばかり引用させていただきまず。「バルザック「絶対の探求」一(錬金術にこって家産をつぶしてしまった男,浪費者※現在は民法が改正され,このような行為無能力類型は存在しない),モリエール「ドン・ジョアン」-賃金先取特権),ドーデー『風車小屋だより」(抵当権の客体,不動産の先取特権),シェイクスピア「ベニスの商人」-(心裡留保・虚偽表示・公序良俗違反・第三者弁済・安全配慮義務等々)」といった具合です。勉強に疲れたら,人生に思い悩んだら,あるいは,趣味として,あらゆる分野の本の扉を開いてみたらどうでしょうか。今しか悠々と,漫然と読書をできる機会はありません。
 第三の思い出は,わたくしが早稲田大学大学院修士課程・博士課程で指導を受けたK 教授のものです。師匠(早稲田では指導教授のことをそう呼ぶ習わしがある)の初めての講義で,「法律学は,話(弁論術)の学問だ。人を納得させなければ意味がない。そのためには,議論の技術を習得しなければならない」と。そして,こうも力説されました。「人と議論していて,自分の立場の誤りに気付いたり,あるいは,形勢が悪くなってきても,論争しながらそれを逆転すべく必死に考えろ。絶対に相手に論破されるな。一度言ったことは,最後まで死守して相手を負かせ」と。その当時はこの言葉の表面的意味しか捉えずに,これでは法律学は詭弁の学問ではないかと思ったものです。しかし,その後,数年間先生の教えを受けるに至り,わたくしなりに先生の言葉を解釈してみました。それはこうです。法律学に議論の技術は必要不可欠です。しかし,相手を説得するためには,単に,自分の主張だけを貫いて,相手を議論で打ち負かすだけの技術ではダメだ。相手を納得させて,自分の主張を相手にも受け入れさせなければならない。そのためには,安易に自説の主張をするのではなく,自説の存立基盤,論拠を慎重かつ客観的に検証して,理論武装を十分にした上で,いざ議論をすべきだ。そして,そのような主張であれば,決して人には負けない重厚ものになるであろう,
ということです。
 また,師匠は,「法は歴史の産物であり,法を本質において理解するには歴史的研究もなおざりにできない」ということを強調されました。新入生のみなさんは,これから法律解釈学の門をくぐることになるわけですが,現在の法律問題を解決する際に,数十年,場合によって,百年も前に制定された法律または下された判決によって,これを正当化しなければならない場面に多々出会うことになるでしょう。その際に,単に当該紛争を解決するのに適当な条文が存在しているので,これをそのまま適用してしまうといった,短絡的な解釈をするのではなく,その法律または判決の歴史的背景を探り,現在とその当時の社会経済状況は同じか異なるのかという視点も加味しての法律解釈を行うよう,心がけてみてはいかがでしょうか。それには,さきに述べた法律以外の読書が大いに役立つと思います。
 このように,大学には,人の一生に影響を与える偉大な人格が存在しております。みなさんも,是非,その偉大な学者に直接・間接に触れて,大いに自己を啓発されてはいかがでしょうか。

【研究業績】
・主要論文等
 ① 「 フランス成年者保護法改正の意義と理念」新井誠先生還暦記念論文集『成年後見法制の展望』日本評論社165 頁(2011.4)
 ②  「公共工事の前払金に関する信託終了による預金払戻請求権と破産債権との相殺可否――二つの高裁判決(福岡高判平成21・4・10 および名古屋高裁金沢支判平成21・7・22)を素材として――」トラスト60『基礎法理からの信託分析』109 頁(2013. 3)
 ③ 「所有権留保と倒産処理手続」法学研究(明学)101 号1頁(2016. 10)
 ④ 「生活者金融における借主保護のあり方に関する考察――貸金債権の一括譲渡等に伴う譲受人への過払金返還債務の承継可否をめぐる判決群を素材として――」浦川道太郎=内田勝一=鎌田薫古稀記念論文集編集委員会編『早稲田民法学の現在』成文堂313頁(2017.7)
・判例評釈等
 ①  「損害保険金債権に対する流動動産譲渡担保に基づく物上代位の可否―最一小決平成22・12・2 民集64 巻8 号1990 頁―」法学研究(明学)91 号157頁(2011. 8)
 ②  「貸金業者が貸金債権を一括して他の貸金業者に譲渡する旨の合意をした場合における,借主と上記債権を譲渡した業者との間の金銭消費貸借取引に係る契約上の地位の移転の有無(最高裁平成23 年3 月22 日第三小法廷判決)」判時2151 号154 頁(判例評論642 号8 頁)(2012. 8)
 ③  「保証人が主たる債務を相続したことを知りながら保証債務の弁済をした場合における主たる債務の消滅時効の中断(最高裁平成25 年9月13 日第二小法廷判決)」判時2232 号124 頁(判例評論669 号10 頁)(2014. 11)
 
 ④  「通行地役権者が承役地の担保不動産競売による買受人に対し地役権設定登記がなくとも通行地役権を主張できる場合(最高裁平成25 年2月26 日第三小法廷判決)」月刊登記情報51 巻10 号27 頁(2015. 5)
 ⑤   「88事件 抵当権の物上代位⑵―債権譲渡との優劣(最高裁平成10 年1月30 日第二小法廷判決)」『民法判例百選Ⅰ総則・物権(第8版)』別冊ジュリスト237 号178 頁(2018. 3)
・教科書等
 ①  宮本健蔵編著『マルシェ債権総論』嵯峨野書院(2008. 4)(債権の譲渡部分を執筆)
 ② 「演習民法4 月号~3 月号」法学教室391 号~402 号(2013. 4~2014. 3)
 ③  今尾真=大木満=黒田美亜紀編著『フレッシャーズのための民事法入門』
成文堂(2014. 4)
 ④  宮本健蔵編著『マルシェ物権法・担保物権法(第3版)』嵯峨野書院(2014.11)(先取特権および非典型担保の部分を執筆)
 ⑤  後藤巻則= 滝沢昌彦= 片山直也編『プロセス講義民法Ⅲ担保物権』信山社(2015. 8)(債権譲渡担保,代理受領・振込指定の部分を執筆)