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まずは自己紹介

毛 桂榮

まずは自己紹介で「情報公開」をします。皆さんにとっては異質な世界で生きてきた者です。
 生まれは中国ですが,具体的な出身地は地図に出ていないので省略します。しかし毛沢東とは,ゼンゼン関係ありません。ともかく17 歳まで山も海も見たことのない田舎で育ってきた,田舎者です。戸籍制度(説明はしませんが)の束縛を逃れ,田舎から脱出しようと思って,大学の受験に必死でした。高校の先生の勧めもあって名前は一度も聞いたことのなかった大学(復旦大学)に入学しました(田舎では情報が無かったから)。1982 年のことです。大学入学の競争率は日本のそれ以上ですが,今でも,よくも頑張って立派な大学に入ったなと思っています。もう一度やるなら,たぶんもうできません。
 復旦大学では,国際政治系に「配属」されていました。学科としては政治学科です(ほかに国際政治学科と法律学科があり,法律学科はすぐ独立)。その政治学という言葉も一度も聞いたことはありませんでした。上級生から情報を収集しようと思ったら,二年生に進学したばかりの上級生しかいません。三年生以上は存在しませんでした。そして1981 年にはじめて政治学科が設置されたことがわかりました(北京大学も1982 年に政治学科を設置)。どうも「貴重」な(?)二期生らしい。1970 年代末まで政治学は偽科学と見られ,廃止されていたのです(法律学もほぼ同様)。
 新生の政治学。政治学関係の教科書はほとんどありませんでした。おかげで4年の大学生活で政治学の教科書を読んだ記憶はほとんどないのです(中国共産党史科目を除いて)。大学の寮→大学の食堂→図書館(或いは講義に出席)→寮,という繰り返しの勉学生活(同じキャンパス内で)は4 年も続きました。しかし朝8 時から夜10 時まで開館する大学図書館は,魅力的な処でした。また大学の全ての学部の講義は,集合方式で3~5 階建てで全部で4 棟もある建物で行われ,かつ全て時間割表に掲示されているので,聴きたい講義を自由に聴けました。さらに毎週金,土曜日に必ず開催される,数で二桁もある全学向けで自由に聴講できる各種公開講座(講師は大学の先生と大学院生)も魅力的なものでした。その内容は,核開発からフロイトまで多種多様。もちろんマルクス主義等々もありました…。
 1986 年に大学を卒業して,大学の教師が楽な「商売」と思い(少なくとも夏と春の休みがある),大学の教師を目指して大学院に入りました(それで寮生活は,高校三年を含めて通算8 年になる)。大学院生活が1 年も経たない内に,「日本に行け」と言われました。そして「名古屋大学に行け」と日本の文部省に言われ,名古屋大学法学部に行きました。8 年近く名古屋で勉強・生活してきました(名古屋弁も身につけたか?)…。
 政治学(行政学)との出会い,そして日本との出会いは,すべて「運命」としか思えません。そして皆さんとの出会い…。