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大学でまなぶ

熊谷 英人

東京大学法学部卒,東京大学大学院博士課程修了・博士(法学)
担当科目 政治学原論,政治思想史,現代政治理論,政治学基礎演習,演習
専攻分野 西洋政治思想史

 新入生のみなさん,入学おめでとうございます。
 まずは自己紹介から。わたしの専門分野は,政治思想史という学問です。洋の東西を問わず,2000 年以上もの長きにわたって,「政治」や「国家」といった事柄について,多くの人びとが思索をめぐらせてきました。そのなかのあるものは現代政治にも受け継がれていますし,あるものは歴史のなかで忘れ去られてゆきました。政治思想史という学問は,こうした過去の人びとの思索を追体験し,現代社会に生きる我々にとっての意義を考える学問です。とくに18・19 世紀ヨーロッパの政治思想について,研究しています。
 さて,みなさんの中には,新しい大学生活を前にして希望に胸躍らせている人ばかりではないはずです。不本意ながらもこの大学に入学することになった人,あるいは,熾烈な受験戦争を乗り切ったものの燃え尽き症候群に陥り,目標喪失している人も多いと思われます。
 そもそも,みなさんはなぜ大学に進学するのでしょうか?こう訊くと,ほとんどの人は「なんとなく」とか,「みんなが行くから」とか言います。もしかすると,すでに将来を見据えていて,確かな志をもって進学する人もいるかもしれません。しかし,経験上,大半の学生さんは,これといった目標をもっていません。悪いことではありません。むしろ,極めて自然なことです。将来像を明確にするとは,己を知るということです。高校卒業までに己を知りつくした人間が,どれだけいるでしょうか。高校卒業時のわたしは,弁護士や検事といった法曹に憧れていました。テレビ・ドラマや小説などのイメージから,漠然と夢見ていたのです。当然,進学先は法学部,在学中に司法試験に合格できたらいいなあ(その頃,ロースクールはまだありませんでした)。しかし,大学で授業を受けはじめるやいなや,戸惑いました。希望に満ち溢れて学びはじめたはずの法学にまったく興味関心を懐けないので
す。周囲の学友たちはさほど不満を漏らしている様子もなかったので,おそらく,先生方の教え方というよりは,自分自身に問題があったのだと思います。わたしは焦りました。勉強しました。必死でした。それでも,講義に興味がもてない。周囲が司法試験や公務員試験の予備校について話すなか,自分はというと,法学を卒業まで学んでゆく自信さえもてなかったのです。他学部への再入学も考えました。完全に目標喪失でした。わたしは,己をわかっていなかったのです。
 そんなときの救いとなったのが,2 年生のとき,偶然に参加した政治学のゼミでした。どのようなゼミかというと,先生から毎回,テーマに沿った課題本が提示され,次回までにA4 用紙1 枚ほどの考察レポートを用意し,当日はめいめいが持ちよったレポートをもとに議論するというものです。課題本は新書1 冊のこともあれば,500 頁ほどの単行本2 巻分のときもありました。正直なところ,課題本を読んで,なおかつ考察レポートを毎週用意するというのは相当負担でした。しかし,このゼミこそが,わたしの大学生活の価値を決めたといっても過言ではありません。
 何が,それほど魅力だったのでしょうか。
 まず,純粋に毎回の課題本が面白かったということです。政治学のゼミとはいえ,課題本は,退屈な教科書や研究書どころか,政治学の枠にもおさまらない多様なものでした。小説や戯曲といった文藝作品,時論,歴史書,人類学,伝記,古典などです。この雑種的読書によって,それまでぼんやりとしていた,自分なりの感じ方と考え方が明確な輪郭をともなってきました。そもそも,自分はなにが好きで,なにが苦手で,なにを求めているのか。
 また,かけがえのない学友にも恵まれました。風変わりなゼミですから,集まって来るのも同類といいますか,一癖も二癖もある法学部難民たちでした。これはダブルスクールの話なんてしてる場合じゃないなあ。ゼミ中の発言もテーマに関係していれば何でもありだったので,ときにはかなり激しいものとなりました。ゼミで頭角をあらわすために,みんなが絶対に読んでいないだろう本を探しまわることもありました。そして,競い合ううちに,学友たちがそれぞれ,自分自身の将来や目標について真剣に迷い,考えていることを知りました。わたしは,その後も将来について考えつづけました。それでも,もう悩みはしませんでした。
 以上のような大学生活をおくった経験から,これから大学で学びはじめるみなさんにお願いがあります。
 本を読んでください。とくに,良い本をたくさん読んでください。そして,教員や友達とたくさん議論してください。読書と議論のほかに,大学4 年間,一体なにをせよというのでしょうか。読書と議論こそ,自分が生きる社会を,なにより自分自身を知るための最良の方法だと,古来より信じられていますし,わたしもそう思います。そして,そのようにすごした4 年間は,決してみなさんの人生を裏切らないはずです。「でも,読書と議論といったって,これまでほとんど経験がないし,どうすればいいのか,わからない……」。安心してください。そのために,みなさんを支える教員がいるのですから。