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大学設置基準における単位と学修の考え方

田澤 元章

担当科目:会社法、手形法・小切手法など

Ⅰ はじめに
 大学生活に関する心構えや助言等については,他の教員から多数の寄稿があることから,本稿では,大学設置基準における単位および学修の考え方について,単位制の沿革や意義にも触れた上で、述べることとする。大学設置基準上の単位および学修に関する考え方は,本学の学則や履修要項においても当然の前提とされており、このことは,日本全国どの大学の学則等においても同じである。

Ⅱ 単位制の意義・沿革・特徴等
(1)単位制の意義
単位制とは何か。単位制とは、簡単にいえば、各授業科目の学修時間を単位と呼ぶ数によって測り(後述するが、1単位=45時間の学修時間)、各授業科目の単位数を学生に予め示した上、学生が履修して試験に合格した授業科目の単位数を、学業を成した証しとして学生に与える仕組みである。学生は大学に4年以上在学し、取得した単位の総数が、各大学が定める卒業単位数に達すると卒業となり、学士号が授与される。
このように大卒(学士)の認定は、各科目の学修に必要な時間の量を示す「単位」を測定の尺度とし、卒業単位数として定められた単位数を取得したことをもって行われる。大学の単位は、授業時間を基本とした学修の時間的な量を示すものであり、学生の知識や知的能力を直接的に測る数値ないし尺度ではない。この意味で、大卒(学士)とは、卒業単位数が示す学修時間に相当する学業を成したことを大学によって認定された者ということになる。

(2)単位制の沿革
我が国の大学の単位制度は、第二次世界大戦後、GHQの民間情報教育局(CIE, Civil Information and Education Section)の指導によって、米国に倣い導入されたものといわれる。
大学の単位制は、沿革的には、1869年に米国のハーバード大学のエリオット総長が、学業の達成を測定する尺度としての単位制の考え方とカリキュラムの選択科目制を同大学に導入したことに淵源を有するものである。
単位制が普及する前の米国では、大学での学業の達成をどのように判定し、学士の資格(大学卒業)を認定していたのだろうか。1700年代から1800年代半ばまで、米国の大学の多くは、学士の資格の認定を、公開の総合的な口頭試問によって行っていた。しかし、口頭試問を公開で行い、大学外部の者も試験官として参加する場合、質問内容によって有利不利が生じること、外部者の評価尺度のバラツキが大きく評価の信頼性に問題があること、大学の指導教員は学生が答えやすい質問、誘導的な質問をする傾向があること等が指摘されていた。
そこで1800年代後半には、学士の資格の認定は、大学内部で総合的な筆記試験を行い、大学教員が採点・評価を行う方式が広く行われた。口頭試問にせよ筆記試験にせよ、大学の講義ごとの試験ではなく、包括的な総合試験が行われたのは、断片的な知識や理解ではなく、学業によって得た知識を体系的に理解し修得することが重視されたからである。
しかし、各大学が独自に行う総合試験によって学士号の認定を行う方式は、その信頼性や妥当性に次第に疑問が呈されるようになっていた。そのような状況のなか、上述のハーバード大学における単位制と選択科目制の導入がなされた後、1800年代末から1900年代初頭にかけて、単位制は急速に米国の大学に普及した。余談であるが、カーネギー財団が、1906年に、自ら設立した教職員保険・年金機構に大学教員の加入を認める際の条件として、その所属大学が6名以上のフル・タイムで教育に携わる教授陣と4年間の教育コースを有するものであることを要求したことが、総合試験の合否ではなく、受講した授業時間数を基準に学業の達成を測定する単位制の普及に大きく貢献したといわれている。

(3)単位制の特徴と利点およびその批判
 単位制の最大の特徴は、すべての科目が等しく重要であることを前提として、各科目を単位数という共通の尺度で測定し表示することにある。そして、どのような科目であろうとも1単位は1単位として同じ価値を有するという、単位の等価値性が、履修科目の選択制を可能にする理論的基礎となる。ここに単位制の最大の利点がある。
 各大学の学部や学科は、単位制のもとで、専攻分野について一定レベルの知識・理解が身に着くと同時に学生の自主的な学びが可能となるよう、カリキュラムの編成を行っている。すなわち、卒業単位数を、必修科目で取得すべき単位数、選択必修科目で取得すべき単位数(選択必修科目群から選択して履修)、自由選択科目で取得できる単位数などに振り分け、また、科目の学年配置や履修条件などを付加して、段階的・体系的に学生が学べるような工夫が凝らされているのである。
もっとも単位制に問題がないわけではなく、昔から繰り返し批判もなされてきた。例えば、単位をとった途端に科目内容を全部忘れても大学を卒業できるのであるから、単位制はいわば学士号を分割払いで購入することを認めるようなものだとの批判、単位制による学びは断片的知識の寄せ集めになりがちであり専攻分野の総合的体系的な知識や理解を保証するものではないとの批判、単位制は学びの時間量を基準としており、学業の成果や質に対する基準・保証を含まないとの批判等である。
単位制の発案と普及に貢献したカーネギー財団は単位制に関する報告書(The Carnegie Unit-A Century-old Standard in a Changing Education Landscape)を2015年1月に公表し、現行の単位制度の見直しは必要だが、すぐに単位制に代替できるような制度はないので、基本的には維持されるべきであるとの結論を述べている。

Ⅲ 大学設置基準における単位と学修
(1)単位と学修時間
 現在の大学制度(新制大学)は,学校教育法(昭和22 年法律第26 号)に基づくものである。学校教育法に基づき大学を設置するのに必要な最低の基準を定めた文部科学省の省令が,大学設置基準(昭和31 年文部省令第28 号)である。
 大学設置基準によれば,大学を卒業するには,4年以上大学に在学し,124 単位以上を修得することを要する(32 条1項。以下の引用条文も大学設置基準の条文である)。本学法学部の場合、卒業に要する総単位数は、130 単位以上である旨が学則の別表第1に定められている。
大学の単位は、講義、演習など大学の授業科目を履修することで取得される。大学では、すべての開講科目についてそれぞれ何単位の科目であるかが定められている(21条1項)。各科目の単位数は、科目内容の難易度や学問上の重要性などを勘案して決められているわけではなく、当該科目を学ぶにはどのくらいの時間の勉強が必要になるかという時間数を基準として単位数が定められる。大学設置基準上、1単位は45時間の学修を必要とする内容であるとされ(21条2項柱書)、本学学則42条2項柱書にも同じ旨が定められている。
「学修」とは、耳慣れない言葉かもしれないが、大学での授業と授業外の自主的な予習・復習等の2つを含む概念である。つまり、1単位につき45時間の学修を要するということは、授業時間と授業外の予習・復習時間の合計が、45時間必要な内容の科目が1単位であり、90時間必要な科目は2単位ということである。
授業外の予習・復習は学生自身に任せるほかないので、各科目の単位数の決定は、各科目の授業時間を基準として行われる(21条2項各号参照)。講義や演習の科目の場合、1単位当たり15時間の授業時間が最低でも必要であり(21条2項1号)、45時間-15時間=30時間が授業外の予習・復習時間として必要だということになる。

(2)90分授業は2時間授業?-単位時間(academic hour)の考え方
法学部の講義科目はすべて2単位であるが、これは90時間(1単位45時間x2)の学修が必要な内容として構成された科目であることを意味する。2単位の学修時間90時間の内訳は、30時間の授業時間と60時間の授業外の予習・復習時間ということになる。しかし、本学の授業は1回90分であり、半期の授業回数(定期試験を除く)は14回(週1回の授業で14週の授業期間)であることから、授業時間は90分x14回=1260分=21時間しかなく、大学設置基準に従った最低授業時間30時間(1単位15時間の授業時間)に足りぬとの疑いを生ずる。
実は、大学設置基準の授業時間は、「実時間」(actual hour)ではなく「単位時間(単位制上の計算時間)」(academic hour)で計算するのが大学の慣習であり、1単位時間=45分として運用されている。そうすると実時間で「90分の授業」は、単位制の上では「2時間の授業」として扱われ、文部科学省もこれを問題視したことはない。ちなみに、海外でも同様の考え方に拠っており、「大学の1時間の授業」とは米国では実時間で50分、欧州では実時間で45分として運用されているようである。実時間より10分ないし15分短い「大学の1時間の授業」は、そのような慣行が生じた理由として、長時間の授業で学生の集中力を維持するには途中休憩を設ける必要があったことや学生の教室への移動時間を考慮したこと等があげられている。
ただ、そうであるとしても、授業回数は14回(週1回の授業で授業期間は14週)であるから、2単位時間x14回=28単位時間であり、大学設置基準に従えば2単位科目に要求される最低30時間(30単位時間)には足りないことになる。この点はどう考えるのか。形式的には基準を満たしていないようにも思われるが、現状は本学のように週1回90分授業で14週の授業期間も慣行的に認められているようである。実質論として、単位制では形式的な授業時間の確保よりも実際の学修時間の確保が重視されるべきであり、定期試験とその準備のための勉強も学修というべきであるとすれば、現状の授業期間14週+定期試験期間1週(または2週)という運用は、実質的には大学設置基準に反するものではないと考えるのであろう。ちなみに、米国の上位にランクされる大学でも半期の実際の授業期間は平均13週であるという。

(3)1単位45時間・卒業要件124単位という数字の根拠
 大学設置基準上の1単位45学修時間という数字は、米国も基本的に同じである(単位制は米国に倣った制度であるから、米国に同じというべきであろうか)。ある説によれば、1単位45学修時間の数字は、大学設置基準制定当時の標準的人間の1週間の平均的労働時間から考え出されたといわれる。8時間労働を週5日(月~金)と5時間労働を週1日(土)で、週45時間の労働が当時の平均的な労働時間であったようである(当時はまだ週休2日制は広まっておらず、土曜日はいわゆる半ドンであった)。
 では、同基準上の卒業要件である124単位以上(32条1項)という、やや中途半端な数字は、どこから出てきた数字なのか。週45時間の学修を1単位とすれば、半期15週で15単位、通年で30単位、これを4年間継続すれば合計で120単位となる考え方が根底にあったという。そして第二次世界大戦後の新制大学発足当時は体育4単位は総単位数の枠外の扱いであったが、学生の課外活動の重要性とのつながりを考慮して、大学設置基準制定以降、総単位数の枠内に置かれ、120+4=124単位となった。

(4)履修登録数の制限の必要性
 単位制のもとでは、半期毎に履修登録できる科目数=単位数には自ずと上限がある。前述のように、毎週45時間を学修時間にあてるとすると、授業15時間(実は授業の場合は1時間=45分で計算するacademic hourであることは前述)に対し予習復習30時間で合計45時間という計算となるからである。半期に2単位科目でいうと7~8科目の履修登録が妥当ということになる。
このように大学の講義・演習等は、授業外の予習復習の時間を必須とすることから、登録できる科目数(単位数)に上限があって然るべきである。大学設置基準もこれを意識し、各大学が学生の科目の履修登録の上限を設定する努力義務を規定している(27条の2第1項)。これを受けて、本学では年間履修単位数の上限を48単位としている。半期では24単位が上限とすると、2単位科目で12科目が半期の履修登録の上限となる。もし12科目履修し、大学設置基準通りの学修時間を確保するとなると、毎週の授業時間は90分x12科目=1080分=18時間、毎週の予習復習は(2時間x2単位)x12科目=48時間、よって毎週合計66時間の学修時間(毎日約10時間)を要することになり、現実的には非常に困難なことがわかる。

Ⅳ おわりに
 学生の中には、履修登録さえすれば、授業に出席しなくても定期試験に合格すれば単位は取得できるものと考える者も多いと思われる。しかし、授業の受講と予習復習という学修時間の確保こそ単位制の中核であり、定期試験に合格すれば十分という考え方は誤りである。
 本学の卒業単位130単位について、1単位45時間の学修時間として、どのくらいの学修時間の合計となるかを計算してみよう。1単位45学修時間の内訳は、①授業時間を15単位時間(1単位時間は45分相当)=45分x15=675分=11時間15分、②授業外の予習復習を30時間となる。すると、130単位分の①授業時間は1950単位時間=1462時間30分、②予習復習は3900時間、合計5362時間30分となる。
 時間数だけではピンとこないと思うので、次に述べることを考えてみて欲しい。130単位分の学修時間の合計を約5400時間であるとすると、大雑把に言えば,これは、週5日毎日平均約5 時間以上の学修を4年間続けるか,学期中(年間約8カ
月)だけ勉強するなら週5日毎日平均約8 時間以上の学修を4年間続けることに匹敵する。この時間数以上の学修を行って卒業要件の単位数を取得した者が、大学卒の学歴となるというのが法令上の建前である。この数字に対してもつ感想は,各人により異なることであろう。
 自戒を込めて言うが,人間は弱いもので易きに流れがちであり,周囲の環境に影響されやすいものである。他人はどうあろうとも,上述の事柄を心の隅に置きつつ,日々の学修を大事にして大学生活を過ごすことを諸君に期待したい。
                                                                                           以 上