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学生生活を楽しもう!

福田 清明

担当科目:2018年度は、民事法入門,債権総論1・2,演習です(年によって変わる)
専攻分野:民法

1 自己紹介
 新入生の皆さんと同じく,期待と不安をもってこの4 月から明治学院大学法学部での生活を始めたことと思います。私も、年をとっていますが現在の法学部においては新参者です。私は,東京都文京区で1957 年に生まれました。中央大学の学部と大学院で法学,特に民法を学び(法学修士号取得,博士課程後期課程は退学),大学院の指導教授の紹介で実現した1986 年から1991 年のドイツ・マールブルク大学留学時期(この時期の最後に法学博士号取得)を除いて,ずっと東京に住んでいます。34 歳で明治学院大学法学部に赴任し,現在も妻子と東京都練馬区に住んでいます(大学と東京とマールブルクしか知らない人間です)。2004 年に開校した明治学院大学法科大学院の閉校に伴い,2017年4 月から再び法学部にお世話になりました。14 年という歳月の空白があるので,戻ってきたというより,個人的には新しい組織に来たと思っています。業績については,本学のWEB ページの「明治学院大学研究者情報」をご覧ください。
2 carpe diem(この部分から,この文章の表題をつけました)
 私は青春時代を2 度過ごしました。1 度目の日本と2 度目のマールブルク(ドイツ)でです。一度目の青春時代には,大学以外に,塾でアルバイトをし,夜間の週5 日制英語専門学校に通い出席率断トツ成績不良で修業年限の2 年を超え3年でようやく卒業できました。楽しい時代でした。二度目の青春時代はこんな時間は2 度と来ないしすぐ終わると分かっていたので,とても貴重に思いながら,過ごすことができました。人生は短い,だからこそ,大学時代以降に好きなことを探して,それを人生で生活と折り合いをつけながらもやり切ることが大切です(若い頃は人生が長く続く気がしたので、その長い人生の衣食住を賄うためにどうにか糊口を塞ぐ術は身に付けねばと考えたが、この年になると人生の短さを経験上知り、好きなことが見つかればそれをやったほうがよいと思えてくる。私の考えはこのように加齢により変化した)。大正時代の流行歌の一節ならば「命短し恋せよ乙女」ということになりましょうし,ラテン語でいえば「carpe diem」で,黒澤明の映画でいえば「生きる」のテーマで,ロビン・ウィリアムズ主演のアメリカ映画でいえば「今を生きる」の主題ということになりましょう。
3 マニュアルは身につけねばならないが,しかしそれだけではまずい
 現在の大学生像は,40 年前のそれとは異なっており,以前学生であった者が先輩として何か有益なことを言うことは困難です。それにもかかわらず,新入生用ガイドブックに何かを書かねばならないので,ここで,自戒を込めて,新入生諸君への希望を簡単に述べます(このガイドブックの他の教員の執筆箇所で有益なことは学べます。一つぐらい肌合いに合うものがありましょう)。
 Aの場合はBになるといったことを集めたマニュアルを勉強し,それに従って物事に対応することが必要でありかつ有用な場面もありますが,マニュアルが役に立たなかったり,そもそも成立しなかったりする分野も数多くあります。対応すべき物事をマニュアルが想定していない場合や,対応する人それぞれの価値や意味の置き方が一律でない場合がそれです。法律を学ぶというと,Aという事実があればBという結論が下されるといった法律要件と法律効果の堆積であるマニュアルの勉強をイメ-ジする方が多いと思います。確かに法令,判例,学説をマニュアルとして学ぶことは,法律家の共通言語を身につけるという意味で最低限要求されます。しかし学んだことを,理解して知識にするだけではなく,思索の対象とすることによって自分の頭の中を一度通すことまでも是非行なって下さい(非法律家である市民が法学を学ぶ意味はここにしかないかもしれません)。その際に疑問が生じたり,不合理を感じたりすることがあれば,それを追究していくことが,まさに大学での研究の出発点となります。とはいうものの,ただ考えれば誰でもそのようになるわけではありません。問題意識といったものは人間の内部から出てくるので,その内部が貧弱であると,考えるというこができないのです。学ぶだけではなく思索もできるように,自己の人格形成に努めて下さい(この人格形成は市民にとっても有意義です)。そのためには,古典と言われる書物を読む,人と議論する,遊ぶといった様々な経験が貴重です。皆さんが,心を開き多くの人と知り合い,良き友を得て,学びかつ思索すること,つまり学生生活を楽しむことを期待しています。お互いに,マニュアルに支配されるのではなく,マニュアルを道具として使いこなす人間になろうではありませんか。
4 マニュアルを超えた部分の重要性を示している金言
 マニュアルは習う対象であり,経験知の集大成であるマニュアルを身につければ,役に立つことも多い。しかし,それだけではいけないし,反対に観念的な思索だけを行うことは危険であるということを,次の金言は言い当てています。すなわち「学びて思わざるはすなわち罔(くら)く,思いて学ばざればすなわち殆(あやう)し」。学ぶとは,先生や書物から先人の優れた業績を習うことです。考えるとは個人の理性のなかだけで行う思索です。習うことと考えることは共に重要です。そして,経験論と合理論は車の両輪の関係にあるので,「知識は,経験とともにはじまるが,思惟がなければ盲目となる」といえます。以上