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悪魔の代理人!?

東澤 靖

弁護士(日本、ニューヨーク州、カリフォルニア州)
担当科目 憲法1、国際法2、演習(国際人権法研究)、基礎演習1、グローバル基礎演習2
専攻分野 国際人権法、国際人道法、国際刑事法

 新入生の皆さん,法の世界へようこそ。
 法を学ぶ,法律家になるということはどういうことですか。そう問われたとき,私は,悪魔の代理人(devil’s advocate)になることだと答えます。そうするとたいていの人は,いぶかしげな表情をします。法というのは,正しいこと,社会的な弱者を助けて正義を行うことではないか,それをよりによって悪魔の代理人とは何を言ってるんだ,そう考えている様子がその表情から伝わってきます。あるいは,お金のために自分の良心を捨てて,お金持ちや権力者を代弁して,法を悪用する悪徳弁護士,そのようなことを想像するのかも知れません。
 たしかに,法を使うということは,怖い側面を持っています。法にくわしくない素人を相手に,いろいろと法を持ち出して言いくるめる。警察や裁判所などの権力を,法を用いて動かして,自分を守る術を持たない人々を追い込んでいく。そんなことが当たり前になったら,法が存在する意味はありません。法は,使いようによっては怖い武器となるからこそ,それを用いるには良心と倫理が必要とされます。
 それではなぜ,悪魔の代理人になれ,などというのでしょうか。
 言うまでもありませんが,法はいつも正しいわけではありません。アメリカの公民権活動の指導者,キング牧師も,「ヒトラーがドイツでしたことは,すべて(その時の)法に適ったことだったことを忘れないでほしい。」と述べて,人種隔離を認めていたアメリカの法律を批判したことがありました。そのように悪法には立ち向かわなければならない,悪魔の代理人とは,悪法をあえて批判することでしょうか。
 悪法をそのままにしてはならないことはそうですが,私が悪魔の代理人というのには,別の意味が込められています。それは,正しい法を考えるときにも必要なことです。つまりどんなに正しく見えて,多くの人々が賛成している法や考えについても,それとは違う立場に立って批判や反論を考えてみることが必要だということです。時には自分の信念に反しても,批判を考えてみることが,法を用いる者には必要なのです。
 人は弱いもので,社会のほとんどが一つの考えに染まったり,それに同調しなければならないような圧力を加えられると,批判など考えずに流されていくことがあります。その中でもあえて,違った考え方にたって議論しようとすることは,冷たい目で見られるかも知れませんが,自由で健全な社会にとっては絶対に必要なことです。あるいは,みんなで何かを実現しようとするとき,あえてその欠点や悪影響を指摘してみること,言いかえれば,リスクを想定してみることは,物事を成功に導くために必要なことです。このことは,自分の中で何かを考えるときにも必要かも知れません。自分の考え方が本当に正しいのか,他の人々にとってもよいことなのか,反対の立場に立って考えることによって,もっとうまく行くでしょう。私が言う悪魔の代理人とは,そのように反対の立場からチェックしてみることを意味しているのです。
 目の前にある法が正しく見えても,他の場合に悪い結果を生み出してしまうなら,それは正しい法とは言えません。まずは疑ってみる。その法によって犠牲となる少数の人々がいないかを想像してみる。そして,よりよい法のあり方を考えて行く。それが法を知るものにとっての大事な役割です。
 法を学ぶことは,そのような想像力,そしてチェックできる力を身につけていくことだと思います。
 ですから皆さん,法をたくさん学んで,社会のための悪魔の代理人になってください。