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4 年後のその日に向けて

渡部 純

1962 年生まれ
東北大学法学部卒
京都大学博士(法学)
政治学・政策過程論専攻

 大学生になった―
 むろん,ただ夢と希望のみをもってこのときを迎えた人もあろう。だが,様々な不満・諦めを胸のどこかに秘めたままこの日に至った人も少なからずいるのではないだろうか。
 私は,学生諸君が,4年後に来るべき卒業のとき,この大学に来てよかったと心の底から思えるようであってほしいと願う。そのように過ごすことができるかどうかは,ひとえに,諸君自身が,自分の持つ可能性を信じることができるかどうかにかかる。諸君はこの4年間に如何様にも自分自身を作り上げることができる。この4年間でどのような自分自身にでもなれるのである。
 なにごとか与えられるのを待っているだけでは,いつまで経っても,君は本当の自分自身の姿を見つけることはできないだろう。そのようなままで4年間を過ごした後,大学或いは大学時代への不満が君の心にあったなら,私は同じキャンパスで同じ時を過ごした者の一人として残念なことだと思うだろう。君の求めるものがわからなければ,大学もまた通りいっぺんのことしか提供できないからである。
 大それた理想や目標を掲げる必要はない。きっかけはちょっとした思いつきでいい。これおもしろそうだ,あれ変だなと思ったことから,始めてみればよい。大学という制度は学生が利用しようとやってくるのを待っている。大学教員もまた,自分たちからなにごとかを引き出そうと求めてやってくる学生を待っているものなのである。
 そのようになにごとかを求めようとする学生にとって,私たちの大学は無限の可能性への糸口になるはずである。それは学生誰に対しても等しく開かれている。各人が自ら求めるところにしたがって糸口をたぐっていけば,それに応じて,様々な出会いが生まれ,そのたびに各人は一人一人みな違ったものを得るだろう。やがて,一人一人はすべて異なる地点にたどりつく。そのとき君の眼前にあるのは,地上でたった一つの,確固とした君だけの世界である。
 一人一人にとって,それはただ《ここ》,君がいま生きてあるこの場所でのみ得られる《経験》である。そのような経験を得て卒業の日を迎えたとき,君はきっと,この大学に来て本当によかったと思っているのではないか,と私は期待するものである。