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白金法学会

最優秀卒業論文賞

2008年度 白金法学会最優秀卒業論文賞

受賞者には、2009年3月23日の卒業式会場において、白金法学会から表彰状と賞金が授与されました。

◇法律学科 松岡 沙菜(まつおか さな)
『一部請求訴訟における残部債権による相殺の可否-一連の最高裁の判例法理の再検証を兼ねつつ-』 

 一部請求訴訟における訴訟物について、従来の判例理論は、一部請求である旨を明示していたか否かを基準とし、前訴で一部請求であることを明示した場合には、その部分だけが訴訟物になり、残部には既判力は及ばず、これに対して、明示されていない場合には債権全体が訴訟物となり、既判力も債権全体に及ぶものとしていた(最高裁昭和37年8月10日判決)。しかしながら、その後、一部請求訴訟においては、債権全体の発生・消滅事由が審理の対象になるのであり、特段の事情がない限り、信義則によって残部請求を許さないものとする最高裁平成10年6月12日判決が登場した。  
 他方、相殺の抗弁との関係で二重起訴禁止の原則が適用されるか否かの問題につき、最高裁平成3年12月17日判決は、訴訟先行型の事案において、別訴で請求されている債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することを許さないとの立場を明確にした。  
 このような状況のもと、明示の一部請求訴訟の係属中に訴訟物となっていない残部債権を自働債権として別訴において相殺の抗弁として提出することが許されるかという、一部請求訴訟における残部請求の可否の問題と、訴訟先行型における相殺と二重起訴の問題の両者の問題とが交錯する事案について判示した、最高裁平成10年6月30日判決が登場した。  
 私見としては、この判決に触れ、従来の裁判例との理論的な一貫性・整合性が保たれていないのではないか、判例変更をせずにきた最高裁の判例理論にも限界が生じているのではないかとの疑問を抱くに至った。  
 本稿は、一部請求訴訟における残部請求の可否の問題と、訴訟先行型における相殺と二重起訴の問題という未だ議論に終結をみない両分野にまたがる問題につき、考察をふまえ、①最高裁平成10年6月30日判決と先例との整合性について、二重起訴の禁止を定めた民訴142条の趣旨を重視し、残部債権による相殺の抗弁を不適法と解するのが一貫した解釈である、②最高裁平成3年判決との整合性と相殺の抗弁の位置づけについて、民訴114条2項の裁判所の判断の矛盾抵触の防止という趣旨を重視し、相殺の抗弁を提出することによる審理の重複や、訴訟経済上の無駄が生ずるおそれといった弊害の回避につとめるべきである、との私見の提示を試みたものである。

講評

 研究テーマの選択がよい。実務上も重要かつ難題によく取り組んだという感想をもった。 判例・学説にも調査研究の上、理解し、学的な水準に到達していると思う。文章も論理的で説得力がある。 
 各学説についての意見の分岐のポイントを適切におさえている点で評価できる。ただ、独自性という観点からすると、民訴114Ⅱの立法趣旨の検討、いわゆる争点効との関係などにもふれていると、より独自性が出せたと思われる。 

◇政治学科 滝口 奈穂(たきぐち なほ)
『ローカル・マニフェストの効果に関する実証分析』

 本論文は、首長の提示するローカル・マニフェストが、当該議会や職員に与える効果を検討したものである。具体的には、以下の2つの仮説(仮説1『知事がマニフェストを出した都道府県ではマニフェストをめぐる政策論議を中心とした議会の活性化につながる』、仮説2『知事がマニフェストを出すと職員の意識改革につながる』)を検討した。  
 まず、仮説1については、①議員提出による政策条例数の変化、②予算案の修正件数、③議会が自治体の行政計画や総合計画を議会の議決事件とする条例の制定の有無 の3つの指標を用いて検討した。その結果、③の指標を用いた検証において、首長がマニフェストを提示した自治体の方が、マニフェストを出していない自治体よりも、議会における当該条例の制定割合が高いことが分かった。また、当該条例の制定に関わった議員に対するインタビューからは、首長が議会や執行部と離れて自身のマニフェストを県の基本方針の柱として積極的に推進していく場合、その均衡をはかるために議会が条例を制定する傾向にあることがわかり、マニフェストを柱とした計画の策定や変更の論議に関与しようという姿勢に、議会の活性化の兆しを感じとることができた。  
 また仮説2の検証では、埼玉県・神奈川の県職員へのインタビューを行った。その結果、知事のマニフェストによって、職員側も、アウトプットからアウトカムを目指すようになったことや、期限までに目標を達成しようとする意識が生まれたこと、仕事に対する取り組み姿勢として、実績を数字や表に分かるように示していく必要性を認識したことなど、意識変化が生じたことが分かった。また、職員の意識改革の条件としては、マニフェストの提示だけではなく、知事のマニフェスト実現のための姿勢も強く影響していることが、インタビューを通じて分かった。  
 マニフェストの課題としては、作成する際の時間、情報、スタッフなどの制約により、実際に作成されたマニフェストの質が十分とはいえない点が指摘されている。現に、先に挙げた県職員の方からも同様の意見を伺った。今後マニフェストがより効果を発揮するためには、こうした課題にも取り組んでいく必要があるだろう。

講評

 近年、知事候補者はマニフェストを掲げ、当選後、県政に大きく影響が生じており、着眼点が良く、さらに議会の活性化と職員の意識改革について、インタビュ-を通し検証し、職員の意識改革を生み出す理由を明確にしている点も十分評価できる。神奈川、埼玉県を例に検証しているが、議会と良好な関係の知事がマニフェストを出した場合や、マニフェストを出していない知事との比較を検証すれば、更に深みのある論文になったと思う。文章力、独自性、論理構成も優れており、指導教官も詳細に目を通している点も側面的に評価した。 

◇消費情報環境法学科 柴田 智彦(しばた ともひこ)
『三者間クレジット取引における名義貸し判例研究』

 最近のクレジット契約のほとんどは、消費者、販売業者、信販会社の三者間契約となっているが、この仕組みが悪用されるトラブルが多く、「名義貸し」もそのひとつである。  
 三者間契約で問題となるのは、販売業者に対して生じている法的な抗弁を信販会社にも対抗できるか(「抗弁の接続」)である。消費者紛争の深刻化を受け、昭和59年の割賦販売法の改正で抗弁権の接続が明文化(第30条の4)されたが、同法の適用外取引に関して抗弁の接続を否定した平成2年2月20日の最高裁判決もあり、さまざまな議論がある。  
 名義貸しの中でも、特に問題となるのが、「絶対に迷惑をかけないから名前を貸してほしい」などと言われてクレジット契約をしてしまう「狭義の名義貸し」である。確かに、消費者は名義貸しに同意しているから一定の「落ち度」があるが、それを理由に「抗弁の接続」を全て否定し、狭義の名義貸しを行った消費者を全く保護しないのは問題がある。  
 そこで、どのような場合に消費者は保護されるのかについて、最近(平成以降)の判例を、(1)消費者の責任を肯定する判決、(2)消費者の責任を否定し、信販会社の請求を斥ける判決、(3)両者の中間と言える過失相殺を類推適用する判決と3つに類型化して、それぞれ検討を行った。  
 (1)及び(2)は名義貸与者の責任を全て肯定するか否定する判断となっている。しかし、消費者の「落ち度」と信販会社のいわゆる加盟店調査義務違反などの「落ち度」を考慮するとその判断は妥当とは言えない。両者の中間に位置する(3)の過失相殺類型はおおむね妥当な判決であるが、その類推適用の法的理由や適用基準の困難さが大きな壁となっている。そこで注目したのが、モニター商法の「ダンシング判決」である。ダンシング事件の判例はいくつかあるが、その中でも広島高裁平成18.1.31第2部判決において、消費者の「背信的事情の有無」と信販会社の「加盟店調査義務違反の有無」等から抗弁の接続の可否を判断している。この「抗弁の部分的接続」の理論を名義貸しに適用することができるのではないかと考えた。  
 昨年6月、近年の消費者被害の深刻化を受けて割賦販売法が特定商取引法とともに大改正され、この秋から施行予定である。個別クレジット契約の解除権や加盟店調査義務の明文化など、改正が名義貸し訴訟に与えるであろう影響についても一定の範囲で考察した。

講評

 社会生活を営む上でクレジット取引は誰もが経験するが、ちょっとした油断などから安易に名義貸しを行ってしまう例が多々あるだけに、卒論の着眼点としては高く評価できる。また、判例が定まっていない中で、抗弁の接続が否定された事例、認定された事例、さらに相殺された事例を丹念に追い、それぞれの問題を指摘した点も評価に値する。ただ、それぞれの判例について学説が一致しているのか、あるいは分かれているのか、など、もう一歩踏み込んだ研究がなされていれば、一層の評価につながったものと思われる。一つ、残念だったのは引用の不統一、誤字誤植が散見されたことだが、全体としては法学部の論文として高い評価を与えてよいと考え、審査員一致した判断で最優秀賞にした。

優秀賞

牧 千暁(政治学科)「民主主義と大衆」
川原田 真之(政治学科)「国民参加制度―その拡大の背景と影響」
石阪 啓介(政治学科)「コミュニティバスにおける協働のあり方 ―東京都内の事例から―」
葛見 寛之(消費情報環境法学科)「銀行の貸付債権譲渡を目的としたCLOの問題点」