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白金法学会

最優秀卒業論文賞

2007年度 白金法学会最優秀卒業論文賞

受賞者には、2008年3月19日の卒業式会場において、白金法学会から表彰状と賞金が授与されました。

◇法律学科 菊池 大(きくち だい)
『被害者による『危険の引き受け』―『ダートトライアル事件』を契機として―』 

 千葉地裁平成7年12月13日判決は、未舗装の路面を自動車で走行し、そのタイムを競うダートトライアルの練習走行中、同乗者を死亡させた事件(「ダートトライアル事件」)について、「被害者の死亡の結果は、同乗した被害者が引き受けていた危険の現実化というべき事態であり、……被告人の本件走行は違法性が阻却される」と判示した。  
 従来、スポーツにおける死亡事故について判例・学説は、これを「正当行為」・「社会的相当性」・「被害者の同意」等の観点から、行為者の行為について違法性を阻却してきた。これに対し、「ダートトライアル事件」は、被害者による「危険の引き受け」という被害者側の事情を考慮し、行為者の行為の違法性を阻却したのである。  
 本稿では、被害者による「危険の引き受け」が行為者の行為の違法性を阻却する事由となるかについて、裁判所の判断を確認し、学説の状況を踏まえ、検討を行った。  
 その上で、行為者の行為の違法性を判断するに際しては、基本的に行為者側の事情が考慮されるが、被害者側の事情が行為者の行為の違法性に影響を与えることはあり得る(正当防衛における「防衛行為の相当性」の判断等)。しかし、被害者による「危険の引き受け」は、このような被害者側の事情として考慮する必要はないとした。  
 その理由として、被害者による「危険の引き受け」と類似する「被害者の同意」との比較から、たとえ、被害者が自らの生命の処分について完全に同意していた場合であっても、刑法202条によって、違法性は阻却されないのであるから、被害者が予め一定の危険を引き受けていたに過ぎない場合には、より一層、違法性は阻却されないこと等を挙げた。  
 結論として、被害者が危険を引き受けていたという被害者側の事情は、違法性阻却・違法性減少の効果はなく、これを行為者の行為の違法性を阻却する事由として考慮することはできない。この場合には、行為者の過失の有無によって判断すれば足りるとした。また、この判断が、「ダートトライアル事件」に限った個別具体的な解決ではなく、一般的抽象的な解決であることを示すため、被害者による「危険の引き受け」が問題となる「スポーツにおける死亡事故事例」、「道路交通における死亡事故事例」、「医療における死亡事故事例」についても検討し、妥当な解決が可能であることを示した。

講評

 まずは、菊池君、おめでとうございます。
 大変良く書かれた論文で、全員一致して一位に推されました。
 違法性阻却事由として、長年片付けられてきた問題に対して、判例を素材として私見を展開した、大変分かり易い、論旨が一貫した論文であると評価できます。
 あえて、次にはマイナス面を述べることとします。
1)ダートトライアル事件が主テーマなのに、第2章1項では、スポーツ一般に関係する裁判例を紹介したのでしょうが、主テーマとはかけ離れた裁判例(しごき事件)までも紹介している。これは余計ではないでしょうか。
2)変換ミスがある(「名文」→「明文」)
3)審査員の1人からの指摘ですが、
 ・「被害者の同意」で場合分けしたにも関わらず(p.12)、「危険の引受」ではそれが生かされていない憾みがあり、また、「危険の引き受け」理論は不要との立場は一貫しているが、量刑の場合も無視するという趣旨なのか、不明である点が残念である(他の所では量刑も問題としていたので)。
 ・今後の課題として過失の注意義務の内容を吟味すると面白いと思う(菊池君の論旨を徹底すると刑35条は不要とならないか?)

◇消費情報環境法科 家元 克弥(いえもと かつや)
『給与所得控除の実額控除導入に向けて』

 わが国には、給与所得控除という制度がある。この制度は、給与所得者のかかる必要経費を概算して控除するものであり、個人事業者とは違い、給与所得者には必要経費の実額控除は原則として認められていない。この点は以前から給与所得者と個人事業者との不公平さの一端として法廷闘争が行われており、本論文では、日本フィルハーモニー楽団員訴訟と大島訴訟を扱ったが、その二例とも原告(給与所得者)が敗訴している。  
 ところが、大島訴訟が争われた後の1988年、特定支出控除という制度が導入されることになった。これは、給与所得者であっても、通勤費、転任に伴う転居のための引越費用、研修費、資格取得費、単身赴任者の帰宅旅費の5項目の合計額が法定の控除額を超えた場合に限り、その額を実額控除できるというものである。この制度は、給与所得者の実額控除の門が開かれたという点で評価はできるが、毎年の制度利用者は数人と制度として機能していないのが現状であるとも言えるのである。そしてもうひとつこの制度が機能しない要因として、給与所得控除が給与所得者にとって過大な控除であるという可能性があるという点である。給与所得者の必要経費を実際に算定した額は、法定の給与所得控除額を上回ることは難しく、給与所得控除という制度が給与所得者にとって手厚く設計されているのは明確なのである。この点は、今まで数多く議論されてきており、政府の答申でも給与所得控除の額面を少なくすべき旨、述べられてもいる。  
 しかし、この問題の解決策はただ単に給与所得控除の額を減らすことではないというのが、本論文の結論である。  給与所得控除の額面を現実に即したものに修正し、特定支出控除の費目追加はもちろんのことであるが、それだけでは給与所得の実額控除は制度として不十分である。なぜなら、給与所得者は多様化しており、上記二つの事件で訴訟を起こした納税者も、バイオリニスト、大学教授と、一般的な給与所得者とは括り難く、また、営業職と事務職でかかる必要経費費目が同じというのも言い難い。  
 そこで、本論文では、給与所得者を一般給与所得者と特殊給与所得者に分類することにした。 まず、特殊給与所得者の要件を、企業に雇われていること、高度、専門的知識、技術を要していること、個人事業者として活動が可能であること、の3つとし、一般給与所得者との分別を図った。そして、その上で、(1)一般の給与所得者には、新しく見直された給与所得控除額(私案)と拡大された特定支出控除(私案)との選択を、(2)特殊給与所得者には、職種別の控除費目と給与所得控除との選択ができるようにすべきとし、新しい給与所得控除制度の提言をしたのが、本論文である。

講評

 本論文は、給与所得控除の実額控除の問題について、有名なサラリーマン税金訴訟である「大島訴訟」と「日フィル訴訟」の2つの判例研究を踏まえて、実額控除制の導入が可能であるとの仮説に基づいて検討したものである。
 このテーマは、よく取り上げられているものであり、語りつくされている問題のようである。しかしながら本論文は、給与生活者を一般給与生活者と特殊給与生活者に区分し、特殊給与生活者の特殊性や専門性に着目して個別の必要経費を認めていこうとしており、従来取られてきた給与所得者の「必要経費」とは何かという「物」ではなく、労働関係法令から「職業」→「人」という視点に着目している点に新しさや独自性が認められた。論文作法、論理展開等論文としてもよくまとまっており、読みやすく高い評価となった。
 判例研究についての参照文献の数が少ないなど踏み込みの浅い点や誤字が散見される点などが気になるとの意見もあったが、評価そのものに影響を与えるものではなかった。

優秀賞

片岡 淳(政治学科)「近代イギリスと紅茶」
佐藤 佳奈子(政治学科)「ハト問題はなぜ放置されたままなのか -カラス・ネズミ問題との比較による検証と行政上の課題-」

奨励賞

高山 浩昭(政治学科)「「みんな」のカタチを探る -NHK「みんなのうた」の曲の変遷と社会変化に関する一考察-」