2020年度 法学部卒業生・大学院修了生への祝辞
法学部長の今尾(真)です。 卒業生・修了生の皆さん、明治学院大学法学部、大学院「法と経営学研究科」の卒業、修了、誠におめでとうございます。
また、保証人の皆さまにおかれましては、ご子息、ご息女のご卒業および修了を、心よりお慶び申しあげます。
現在も、いまだコロナ禍が収束せず、卒業式も、チャペルへの卒業生の入場制限、保証人の皆様の大学への入構制限といった措置を執らざるを得ませんでした。関係する皆さまの健康面、安全面を考慮し、感染防止・リスク回避のため、苦渋の決断であります。卒業生および保証人の皆さまにとっては、大学生活の締めくくりとして、最後の晴れ舞台を大変楽しみにしておられたと思いますが、このような事情をご理解いただき、ご海容くださることをお願い申しあげます。 このような形ですが、われわれは、卒業式典を挙行し、卒業生・修了生の門出をお祝いできることに、いささかの安堵を感じております。 そこで、卒業生および修了生に対し、法学部を代表して一言お祝いの言葉を述べさせて頂きます。
皆さんは、建学の精神であるキリスト教主義の教え、「Do for Others(他者への貢献)」の理念に則り、自由清新な学風 ・ 雰囲気が大学全体に漂う、明治学院大学の法学部で、建学の理念の具体化である「自由・平等・正義と社会貢献を尊ぶ精神」を、法学、政治学または経営学などの学問を通して学びました。すなわち、社会のルールや取引の仕組みについて学び、それらを使いこなす知識と思考力・判断力を身につけ、「気概」と「志」をもって、社会に貢献できる能力を修得したわけです。世の中が変わっても、このような能力を有した人材は時代を超えて求められるものであります。 この「自由・平等・正義と社会貢献を尊ぶ精神」は、卒業する皆さんのからだや心の中に自然に染みこんでおります。こうした学問と本学の精神および法学部・大学院の学風は、皆さんがこれから出て行く社会において、きわめて貴重な財産となるでしょう。わたしとしては、皆さんが、本学で学んだことに、自信と自負をもって世の中で活躍されることを大いに期待しております。
ところで、2020年度を振り返ってみますと、コロナ禍への対応に振り回されるとともに、特に、政界・官界、実業界およびスポーツ界において多くの不祥事が目立った年であったと思います。たとえば、政治家夫妻の選挙買収事件、現役検事長の賭け麻雀事件、電子マネー決済サービスにおける不正引出し・不正送金問題、企業による官僚の接待問題、東京オリ・パラ大会組織委員会会長の舌禍辞任、といった問題・事件が世間を騒がせました。 これらの背景には、社会におけるコンプライアンスないし法を尊び正義を実現するとの意識が希薄化し、社会で中核として活躍している人達の感覚が痲痺しているといったことがあるのではないでしょうか。さらに、大学生を含む一部の人がコロナ給付金の不正受給に関与する事件も報道されました。世の中が大変な状況にあり、皆が人類史上未曽有の大災害に立ち向かい、これを克服しようとしている中で、自分だけでも不正な利益に与ろうとする、特にそうした若者がいることは嘆かわしい限りです。 これから、皆さんは、社会に巣立っていくわけですが、今後の長い人生において、不正・違法な場面に直面することがあるかもしれません。そのときには、本学で学んだことを思い出してください。「自由・平等・正義と社会貢献を尊ぶ精神」です。そして、「正義」・「公平」・「平等」・「弱者救済」の見地から、賛成できない場面に直面したときに「声」をあげる勇気―「これはおかしい」―と、自分の考えや信念に抵触する場合には、時に、上司・同僚に対し、時に、権威や権力そして社会に対して、「声」を出す勇気をもって欲しいということです。時流や世評に流されず、「独立・自由であるべき」ということです。これぞまさしく、明治学院大学法学部・大学院が目指す、「独立した自由な精神」を前提としたリーガルマインドであり、法学・政治学・経営学を武器に「Do for Others」を具体化・実践する人材育成の帰結であります。
そこで、卒業の餞として、アメリカ合衆国連邦最高裁判所判事であったオリバー・ウェンデル・ホームズ判事のお話をいたします(以下は、道田信一郎「ホームズ」木村龜二編著『近代法思想史の人々』〔日本評論社、1968年〕147頁以下より引用)。「法の生命は論理ではなく、経験であった」という有名な言葉を残しております。ホームズ判事は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカが経済的に豊かになり、文化的にも法的にも成熟していく時代にあって、最高裁判事としてアメリカの良心を形作ることに貢献した法律家といえます。また、最高裁の法廷意見・多数意見に対し、数々の反対意見を書いた判事としても有名で、「偉大なる反対論者」と呼ばれておりました。代表的な例を挙げると、パン屋の従業員の労働時間を1日10時間、週60時間に制限する州法を契約の自由に抵触して違憲とした最高裁の多数意見に反対し(今では信じられないくらいの長時間労働ですが……)、新聞報道に対する法廷侮辱罪の適用に関して新聞の自由を擁護し、宗教的・良心的確信から不戦・平和主義者のアメリカへの帰化を拒否した多数意見に対し、「公権力が好ましくない意見を圧殺することはあってはならない」と反対し、捜査における盗聴につき、これを憲法の保障する不当な捜索・押収の禁止とは扱えないとした多数意見に対し、ホームズは「何人かの犯罪人が逃げても、政府が下劣な役割を演ずることよりは、まだ害が少ない」として反対した、といった具合です。これらの反対意見のほとんどは、彼の死後、最高裁判所の承認するところとなりました。ホームズの思想の根底には、「われわれの同意する思想の自由ではなくして、われわれの憎悪する思想の自由も保障すること」、すなわち「自由の社会的価値の保持」ということと、理想主義的確信とそれを裏打ちする豊かなヒューマニティーがあったといえるでしょう。100年以上も前の法律家の思想ですので、時代遅れになっているところもあるのでは、といわれるかもしれませんが、ホームズ曰く、「真理は必ずや承認される」という信念と確信に基づく精神は、今でも大いに尊重すべきものと思います。また、こうした精神は、先に述べた本学法学部における学びに通ずる教えであると、わたしは確信しております。
最後に、この佳き日を迎えられたことは、「ありがたい」、この言葉を、ともに噛みしめてみましょう(以下は、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』〔岩波書店、1982年〕136頁より引用)。「有り難い」とは、感謝すべき、お礼を言うという意味で使われます。もともとの意味は、「そうあることが難しい」、「めったにあることではない」という意味です。自分の受けている幸せが、めったにあることじゃないと思えばこそ、われわれは、それに感謝する気持ちになります。「有り難い」が転じて、「感謝すべきこと」、すなわち、お礼の気持ちを表す「ありがとう」になったのだと思うと、皆さんは、多くの人に支えられ、ましてや、コロナ禍という大変な状況にもかかわらず、今ここにあり、卒業式を迎えられているわけですので、本当に、この言葉どおり「有り難い」ことではないでしょうか。今日は、特に、皆さんのお父さん、お母さんに対して、「有り難い」という感謝の気持ちをもって、過ごしてください。
コロナ禍で迎える2度目の春ですが、サクラは、昨年と並び、観測史上最も早く開花しました。もうすぐ満開のサクラも皆さんの門出をお祝いするでしょう。毎年、サクラをみたら本学で学んだ日々を思い出してください。終わります。
2021年3月17日
法学部長 今尾 真
今尾真法学部長の挨拶
法律学科総代への卒業証書授与
消費情報環境法学科総代
政治学科総代
大学院法と経営学研究科総代
卒業式後学科毎に表彰がおこなわれました。
みなさん、ご卒業おめでとうございます。